日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse3~|(12)小秀山~大山

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小秀山

11月13日。下呂温泉経由で下山予定をしていた中津川市加子母から小秀山へ登ります。小秀山の魅力の1つが、阿寺断層の動きでできた阿寺山地の南側の岩肌が露出して険しい山となり、谷間にはいくつもの滝を見られるところでしょう。その中には落差80メートル夫婦滝もあります。主稜線を境に南北で2つの顔を持つ山だと登りながら感じることができました。ニノ谷の紅葉はすでに終わっていましたが、1週間早ければ見事な紅葉が見られたと思います。葉が落ちたことで険しい谷間が露となり、自分が凄いところにいることに気が付きました。夫婦滝を越えると急斜面となり、阿寺山地特有の岩質の巨岩がたくさん現れ、その脇を抜けて兜岩まで登るとようやく展望が開けました。そこから山頂までは緩やかに登っていきます。そして誰もいない静かな山頂から、噴火してから4年たった今も噴煙をあげる御嶽山を見つめることができました。阿寺山地の成り立ちを知った上で登った小秀山は、前回よりもこの山の魅力を味わうことができたと思います。

奥三界岳

11月15日、今日は阿寺山地にある奥三界岳に登ります。地元の人と話をすると、三界山は子供の頃から登ったことがあると聞きますが、それよりも奥にある奥三界岳となると登ったことが無いといいます。調べると奥三界岳の山頂部は長い間尾張藩の御料林だったため地元の人は立ち入ることができなかったというので、それが影響しているのかもしれません。実際は登山口から長い林道歩きと、往復18キロもある長丁場だからというのが本当の理由のようです。夕森公園から林道を歩き、途中から登山道へ入り、標高を一気に上げると再び林道に合流し、林道終点まで標高を上げていきます。林道を歩いていても登山道を歩いていても最後まで山頂を見ることができない山でした。山頂には手作りの展望台があり、その上に立つと小秀山や御嶽山、伊吹山まで見ることができました。登って来るときに立ち寄った滝も見応え十分でした。

南木曽岳

11月16日、花崗岩や木曽五木が自生する南木曽岳を目指します。昨日は43キロの長丁場でしたが、今日は昨日の半分ほど、のんびりと山を楽しめそうです。登山口へ向かう集落から早速、南木曽岳を見ることができました。花崗岩が木々の合間から突き出しているのが見え、ここまでの飛騨の山々とは違う雰囲気が遠くからもわかります。登山口から早速、木曽五木(ヒノキ、コウヤマキ、ネズコ、サワラ、アスナロ)とご対面。花崗岩の巨石の中を抜けて行くように登っていきます。山頂の展望はないですが、その先のお社のところや避難小屋の辺りまで来ると、取り囲む山々も見渡す事ができました。特に中央アルプスが間近に迫って来る感じは素晴らしいです。一番の展望は下山の途中、高度感抜群の摩利支天からの眺めは迫力満点です。

恵那山

 

11月18日、前回はウエストンさん(日本アルプスの父)も登った宮前登山道から山頂を目指しましたが、今回は神坂峠から中央アルプスの主稜線を縦走するルートで山頂を目指します。週末のため朝早くから山頂を目指す登山者の姿がありました。出発してすぐに振り返ると中央アルプスの峰々が重なり合い、恵那山は紛れもなく中央アルプスの一部であると実感し、初めて見る方向からの中央アルプスに感動しました。その先、牧草地跡から先へ進むと本来の恵那山の自然が続き展望はほとんどありません。それでも初めて歩くルートに心は新鮮でした。山頂稜線に合流するとそこからは展望がある度に足を止めました。富士山も南アルプスから頭だけを覗かせています。山頂はかわらずの展望で、それでも前回とは違う山頂のにぎわいにほかの登山者に混じり腰を下ろしてランチをとりました。下山は4年前と同じルートで、広河原登山口へと駆け下りました。

入笠山

11月21日、114座目の入笠山へ登ります。当初入笠山へは富士見町側から林道を詰めて山頂を目指そうと考えていましたが、身延山から宣教のために山を越えてきた高僧「日朝上人」が歩かれた「法華道」という古道があることを知り、興味が湧いたので高遠町芝平から登ることにしました。途中所々に歴史を解説する立て看板があり、武田軍と織田軍の戦で使われたり、参勤交代のために使われたり、生活道として使われたりと、使用の目的が変わっていったことを知ることができました。日朝上人が7日も説教をしたという眺めの良い高座岩を経由して、苔が美しいテイ沢から高層湿原へと登り、静かな湿原を眺めながらランチをしました。大阿原湿原から入笠山山頂まではあっという間、初めての山頂からの景色は最高でした。あんなに近かった中央アルプスは遠くなり、あんなに小さかった富士山や八ヶ岳、南アルプスはぐんと近くなりました。富士見町出身の撮影スタッフが「入笠山にこんな場所があったとは初めて知りました。イメージが変わりました。」と言っていました。


茅ヶ岳
11月24日、茅ヶ岳に登るのは今回で3回目です。茅ヶ岳で亡くなられた深田久弥さんも楽しみにされていた富士山を、過去2回は見ることができていませんでした。裾野に住む友人宅から、初めてのルートとなる金ヶ岳経由で山頂を目指しました。朝から気持ちよい日差しを浴びて出発。金ヶ岳への急斜面を、息をあげて汗を流しながら登ります。落葉した森からは南アルプスや八ヶ岳が見え、この時期ならではの雰囲気を味わいました。山頂手前からさらに険しくなり、その地形から金ヶ岳と茅ヶ岳は火山活動によってできたと感じられました。途中の巨石からの景色は、茅ヶ岳と富士山が見事に共演。3回目にして初めてみる茅ヶ岳の姿でした。そうこうしているうちにあっという間に、たくさんの登山者でにぎわう山頂に到着しました。そして山頂からははっきりと富士山を眺めることができました。この旅の中で一番近くに見る富士山は、やっぱり大きく、綺麗です。

櫛形山

3年前、農鳥岳を登った後に櫛形山へ向かう途中、予定していたルートが急遽使えなくなり40キロ以上も迂回をした苦い経験があります。じっくり味わうために、櫛形山を今年登ることに決めました。11月25日、韮崎市内から北尾根登山口を目指して進んでいると、朝の霞で見えなかった富士山は徐々に姿を現しました。櫛形山は山頂稜線が緩やかで、南アルプスの前衛峰として申し分ないドッシリとした姿が特徴的。今回は時間の許す限り山頂稜線歩きを楽しむつもりです。登山口から北尾根コースをハイペースで登ります。その甲斐あって、初めて立ち寄る裸山の山頂で景色を眺めながら休憩をとることができました。南アルプスの眺めも素晴らしかったです。暖かな日差しが原生林に注がれ、3年前の重たい雰囲気はありません。これも季節の違いから感じられることでしょう。前回は立ち寄らなかった三角点に行ってから、最高地点となる櫛形山に登頂しました。木々の間から姿をみせる富士山が、なんとも哀愁漂ういい雰囲気でした。山の森が窓になっていて、そこから富士山が見えるようでした。

黒岳、三ツ峠山

11月27日、今日は初めて登る黒岳と3年振りのリベンジとなる三ツ峠山に登ります。大石峠から富士山外輪山を縦走して黒岳を目指します。初めてのコースにワクワクして、峠への登りも軽やかです。大石峠に着くとすぐ富士山が迎えてくれました。この旅で一番富士山に近づいていました。外輪山に囲まれる姿と左右対称の美しい山容に惚れ惚れとします。そこから黒岳までの縦走路も気持ちよく、この時期が一番いいかもしれないと感じました。富士山側に突き出た巨石に立つ度に、少しずつ富士山の裾野の景色が変わっていくのがわかりました。見えていなかったものが見えたり、見えるものが見えなくなったり。そして117座目の黒岳に登頂、山頂には一等三角点があり驚きました。そこから御坂トンネルに一度下りて、118座目の三ツ峠山へと登り返します。三ツ峠山も富士山の眺めが美しいですが、3年前はその姿を目にすることができませんでした。今回は3年越しの富士山を求めて登り、目的の三ツ峠山からの富士山を拝ませていただきました。下山途中で夕暮れの富士山も。富士山から「良く来たな~」と祝福を受けているような1日となりました。

御正体山

11月29日、昨日よりも標高の低いところまで白くなった富士山が見えました。紛れもなく冬の富士山。真っ青な空に真っ白な富士山。3年前に訪れた御正体山は霧に包まれてしまい、よく分からないまま登り下山をしました。登るルートは前回と同じ、平成16年に皇太子様も登られているコースです。御正体山を開山されたとされる妙心上人の修行の足跡を辿るように、思った以上に急な斜面を登っていきます。馬頭観音の石像から当時の信仰の雰囲気を感じることができました。上人が亡くなられたという上人堂跡に着くと、見えるはずの富士山は見えなくなっていました。おや?まさか…空も自分の心も雲行きが怪しくなっていきました。標高が上がると、呼応するかのように見事に曇天となり、予報にもなかった霧まで立ち込めてきました。山頂に着くと、もう笑うしかない濃霧となっていました。しかし明らかに3年前とは違う森の雰囲気を味わうことが出来たし、前回よりもゆっくりと御正体山と向き合うことができたのは間違いありません。

丹沢山<蛭ヶ岳>

11月30日、今日から2日間かけて山梨県道志村から丹沢山系を縦走します。1日目のルートは道志の湯~加入道山~大室山~犬越路~檜洞丸~蛭ヶ岳~丹沢山と縦走、コースタイムは約13時間。日照時間が短くなったこの時期としてはちょっと長めですが、十分たどり着けると判断し、丹沢山山頂の山小屋に宿泊する計画としました。30分ほどで登山口に到着。本日最初の加入道山に登頂すると、これから縦走する檜洞丸や蛭ヶ岳の姿がありました。大室山から犬越路への激坂から檜洞丸への急登と、このルート最大のアップダウンの激しさに根を上げました。檜洞丸直下のかわいい山小屋で昼食を済ませ、蛭ヶ岳へのアップダウンが始まりました。蛭ヶ岳までは4.6キロ、目測ではそんなにないようにも感じましたが、中間の臼ヶ岳の存在をすっかり忘れていて、ここでもまた激しいアップダウンにヘロヘロになりました。北丹沢から縦走するのは初めての経験で、表丹沢のような気持ちのよい縦走路が続くことをすこーし思い描いていたため、実際はそうではなかったことで、標高では分からない丹沢山系心臓部の険しさを体感する一日となりました。

大山

12月2日、当初の計画通りであれば、これから登る「大山」は205座目の予定でした。ケガや自然現象の影響により、予想以上に時間がかかってしまいましたが、不安や後悔は一切ありません。初めて登る人はあまりの斜度にびっくりする男坂をガンガン登りました。下社に着くとケーブルカーを使って登ってきた観光客でにぎわっていました。神様にご挨拶とお礼を伝え、本社のある山頂へと向かいました。山頂までは28丁、丁石を数えながら標高をどんどん稼ぎます。天気予報では晴れとなっていたが、どんどん空はどんよりと曇天となっていきます。山頂から見える都心の眺めを楽しみにしていましたが、それは叶いませんでした。12時を過ぎると、山頂は見る見るうちに人であふれてきました。山頂でランチを楽しむ人たちと入れ替わるように、自宅のある相模原市へ向けて、日向薬師方面へと下山しました。

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