雲から山の天気を学ぼう|(104)冬型が弱まるときの雲partⅡ ~山頂で観天望気 in 上蒜山(岡山・鳥取)~
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前回に続き、上蒜山で見られた雲についての解説です。PartⅡでは雲を見ることで、今の空気の状態を知り、今後の天気変化を考えていきましょう。
さて、当日は、岡山県真庭市にある蒜山高原の宿で目が覚めました。カーテンを開けると、暗雲が垂れ込めて雨が降っています。蒜山三座も雲の中です。
写真1 早朝は雨が激しく降っていた
この雨の原因を考えると、
1.冬型の気圧配置となっていて、日本海からの湿った空気が入ってきていること
2.上空の寒気が抜けておらず、雲がやる気を出していること
が考えられます。冬型の気圧配置のときに、日本海でできる雲は、筋状の雲と呼ばれ、雲ができている長細い部分と雲がない部分が交互になっています(図1)。
日本海側の沿岸部では、冬型の気圧配置のとき、筋状の雲に覆われると吹雪や風雨となり、雲がない部分に入ると晴れるという、猫の目のような天気になります。
山沿いでは、日本海からの水蒸気が山の斜面で上昇するため、雪が止むことはなく、筋状の雲がかかると雪が強まり、それが抜けると弱まるという降り方を繰り返します。
図1 冬型のときに日本海で現れる筋状の雲
そして、上層の寒気が強いときは、雲がやる気を出して、高い所まで成長するので、西日本の標高1,500m級の山を越えて風下側にも雪雲や雨雲が侵入してきます。
当日の朝、雨が強く降ったのは、この雨雲が入ってきたからに他なりません。ただし、筋状の雲の幅は小さいので、その後は青空が広がり、地上から雲が立ち昇っていく様子が見られました。
写真2 晴れ間が出て、地上から雲が立ち昇っていく様子
地上から立ち昇っていく、この雲ができる仕組みについては、「雲のワンポイント講座13回」( http://sora100.net/1pointcourse/2976 )に詳しく書かれています。
さて、筋状の雲は、日本海で吹いている風によって流されていきます。このときは北西風(前号参照)だったので、北西から南東に流されます。そのため、今後数分から数十分といった直近の予想を知りたい場合は、風上側の北西側の空を確認します。暗い感じの雲であれば、まもなく雨が降ってきますし、青空が広がったり、明るくなっていたりすれば天気が回復する可能性があります。ただし、北西側に高い山が連なっている場合は、山の上の空が暗くなっても山を越えると下降気流で雲が弱められるので、天気が悪化しない場合もあります。
もう少し長めの数十分から1、2時間後の予想を知りたい場合には、西側の空を見ます。冬型が弱まっていくときは、西から乾いた空気が入ってくるので、雲は北西から南東に流されながらも、西から東へ徐々に動いていくからです。スタート時は、次の筋状の雲がかかって再び雨になりましたが、出発すると写真3のように、西側の空が明るくなってきました。
写真3 西の空が明るくなってきた様子
このように、西の空が少し明るくなってきたときは、今後数十分は雨は小康状態になり、晴れ間が出てくる可能性が高くなります。
日中になると、次第に冬型が弱まって、日本海からの風が弱まり、その分、水蒸気が入りにくくなってきたことと、上層の寒気が抜けて、雲がやる気を出せなくなってきたことから、雲のてっぺんの高さが低くなって、山を越えると弱まっていくようになりました。
写真4 山にかかる雲と、山を越えて弱まる雲
写真4は、左側が北側、右側が南側の空になります。日本海の方角(左側)から入ってきた雲が蒜山の山で上昇してやや成長し、山を越えると下降して消えていく様子が良く分かります。
さらに上層の寒気が弱まり、雲のやる気がなくなっていくと、山を越えられず、山を挟んで日本海側が霧、反対側が晴れといった対照的な天気になります。
写真5 山を挟んで日本海(左)側が霧、蒜山高原(右)側が晴れている様子
山を越えられなくなった雲は、山と山の間にある低地や谷に沿って進むようになっていき、大山から蒜山に連なる山並みと、その南側に連なる山との間に雲が侵入してきました。
写真6 谷間を通っていく雲
特に、大山の西側を回り込むように入ってきた北西風と、蒜山の東側にある低い場所を通り抜けてきた風がぶつかる所では、雲が少しやる気を出していきました。
図2 蒜山周辺の地形図
写真7 雲と雲がぶつかり合ってできた雄大積雲(入道雲)
さて、写真7のようなシュークリームのような雲が朝早い時間から出ているときは、その日の昼前から積乱雲(雷雲)が発達して落雷や強雨のリスクがあるので、昼頃までにはそれらのリスクから身を守れるような場所に移動するようにしましょう。また、行動中は、雲がやる気を出していかないかどうかを確認するようにしましょう。今回は、上層の寒気が抜けていく局面でしたが、逆に寒気が入ってくるようなときは、朝早い時間でなくてもリスクが大きく、特に風上側にこれらの雲が現れるときは、早めに避難をした方が良いでしょう。
空気は残念ながら、私たちには見えませんが、その見えない空気の“気持ち”を私たちに伝えてくれるのが雲です。雲は空の翻訳者と言えます。今回も沢山のことを、雲が教えてくれましたね。
文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)
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猪熊隆之(いのくまたかゆき)
国内唯一の山岳気象専門会社ヤマテンhttps://www.yamaten.net/の代表取締役。国立登山研修所専門調査委員及び講師。カシオ「プロトレック」開発アドバイザー。「山の日」アンバサダー。中央大学山岳部前監督。チョムカンリ登頂(チベット)、エベレスト西稜(7,700m付近まで)、剣岳北方稜線冬季全山縦走などの登攀歴がある。近年は、山岳気象を学ぶために、予報依頼の多い山に登っており、2019年にはキリマンジャロ(タンザニア)、チンボラッソ(エクアドル)、コトパクシ(エクアドル)登頂。2022年はマッターホルン(スイス・イタリア)登頂。2023年には、気象予報士として初の8,000m峰(マナスル8,163m)登頂を果たし、2024年、世界最高峰のエベレスト(8,848m)登頂を果たす。また、多くの登山者に雲を見る楽しさを伝えるための「山頂で観天望気」企画を実施。日本テレビ「世界の果てまでイッテQ」の登山隊やNHK「グレートサミッツ」「地球トラベラー」、東宝「春を背負って」など国内外の撮影をサポートしているほか、山岳交通機関、スキー場、旅行会社、山小屋などに配信し、信頼を得ている。
「マツコの知らない世界」、「有吉のお金発見 突撃!カネオくん」「地球トラベラー厳冬 遥かなる利尻山」「にっぽん百名山」「石丸謙二郎の山カフェ」などテレビ、ラジオ出演多数。著書に、山岳気象大全(山と溪谷社)、山の観天望気(山と溪谷社)、山の天気にだまされるな(山と渓谷社)、山岳気象予報士で恩返し(三五館)。共著に山の天気リスクマネジメント(山と渓谷社)、安全登山の基礎知識(スキージャーナル)、山歩き超入門(エクシア出版)、登山の科学(洋泉社)。