雲から山の天気を学ぼう|(53)上越国境の分水嶺、谷川岳で見られた雲
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上越国境の分水嶺、谷川岳で見られた雲
谷川岳は新潟県と群馬県の県境に位置し、日本海と太平洋の分水嶺となっている山です。
そのため、天候の変化が激しく、稜線を境界に新潟県側と群馬県側で天気が全く異なることがあり、地形による気象の違いを学ぶのに最適な山のひとつと言えるでしょう。
さて、そんな谷川岳に登頂する空見ハイキングを2017年10月に実施しました。二つの天候の変化を一日に体験できるという、観天望気日和となりましたので、ぜひ皆様も一緒に雲から分かる天気変化について学んでいただければと思います。
図1 谷川連峰周辺の地図
自分が登る山の天気を理解するには、まず、その山の地理的な位置と特徴を押さえておく必要があります。広い地図を見ると、谷川連峰は太平洋より日本海に距離的に近く、北西~北側は越後平野と面しており、南東~南側は関東平野に面しているため、それらの方角から海からの湿った空気が入りやすいことが分かります。つまり、北西~北や南~南東方向から風が吹くときに湿った空気が谷川連峰に沿って上昇し、雲が発生するのです。
さて、当日(18日)の天気図を見てみましょう。日本海北部に高気圧があり、谷川連峰はその南東側で等圧線がやや込み合っています。風は気圧が高い方を右手にみて、ほぼ等圧線に平行に吹きますから谷川連峰では北風が吹いていることになります(詳細は「山岳気象大全」第2章p29、「山の天気リスクマネジメント」に詳述)。つまり、日本海からの湿った空気が入りやすい形です。
図2 10月18日9時の地上天気図
また、図3は高度約1,500m付近の気温を表した予想図ですが、18日6時の時点では、北日本に中心を持つ寒気が日本海から入ってきており、谷川連峰でも3℃以下の寒気に覆われています。温かい日本海の上にこの冷たい空気が入ることで、温かい海上で対流(第43回を参照)が発生し、雲ができます。その雲が北風に乗って谷川連峰に入ってくることが予想されます。
図3 850hPa(高度約1,500m)付近の気温予想図(18日6時)
※図2は気象庁提供、図3は「山の天気予報」 https://i.yamatenki.co.jp/ 専門天気図より
写真1 日本海からの湿った空気によって谷川連峰の新潟県側で発生する雲
上の写真は肩の小屋付近から西の方角を見たものです。左側の山は万太郎山で手前から奥に連なる尾根が新潟県と群馬県の県境稜線です。山の右側が新潟県側になります。新潟県側は日本海からの湿った空気が流れ込み、低い雲に覆われています。私たちが稜線に立った時間はお昼頃だったので、寒気は徐々に抜けつつあり、安定層(第10回参照)が谷川連峰よりも低い所にあったため、稜線は雲の上に出ています。一方、群馬県側は雲が山を越えられず、晴れています。
写真2 国境稜線を越える滝雲
一方、国境稜線の中でも標高の低い所ではご覧のように雲が稜線を越えて群馬県側に流れ込んできておりますが、山を越えて空気は下降して温められるため、雲は次第に蒸発して消えていきます。
図4 10月18日15時の地上天気図
午後になると状況が変わってきます。高気圧が東に移動していき、谷川連峰は等圧線の間隔が広い所と狭い所の境界に入っています(図4参照)。高気圧の勢力圏は等圧線の間隔が広い所までなので、谷川連峰は高気圧の勢力圏から圏外に入りつつあるところです。また、風向きは、午前中の北風から東寄りの風へと変わってきています。
一方、図5を見ると、1,500m上空の寒気は北日本へと抜けつつあります。このため、新潟県側の雲は弱まる傾向にありますが、逆に太平洋からの湿った空気が東風に乗って日光や皇海山、足尾山地の方に流れ込んできました。
図5 850hPa(高度約1,500m)付近の気温予想図(18日6時)
※図5は「山の天気予報」 https://i.yamatenki.co.jp/ 専門天気図より
写真3 谷川岳山頂からの尾瀬、日光、武尊山方面
午後は、高い雲に覆われていきましたが、それとは別に、上の写真の画面奥にある緑の囲みの部分に低い雲が現れています。この写真は奥の方が東から南東方向です。東寄りの風が吹くことで太平洋からの湿った空気が画面奥の奥日光~皇海山方面の山で上昇し、雲ができたものです。ただし、これらの山を越えると雲は弱まり、谷川連峰周辺ではまだ低い雲はありません。
※「山の天気予報」 https://i.yamatenki.co.jp/ 専門天気図より
さらに夕方になると、谷川岳は等圧線の込んでいる部分に完全に入り、等圧線の向きから南東の風に変わっていく様子が分かります。こうなると、日光や皇海山などに邪魔されることなく、太平洋からの湿った空気が谷川連峰にも入りやすくなります。
写真4 南東側から押し寄せる暗雲
実際、武尊山など南側からガスに覆われていき、積雲などの背の低い雲が広がってきました。
写真5 雨が降る前兆の雲
さらに上空には乳房雲に似た雲が現れてきました。雲底がデコボコしている感じで気流が乱れていることを示しています。こうなると雨は間近です。幸い、この時点で天神平は目前で雨に降られることはありませんでした。
文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)
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猪熊隆之(いのくまたかゆき)
国内唯一の山岳気象専門会社ヤマテン http://yamatenki.co.jp/ の代表取締役。中央大学山岳部監督。国立登山研修所専門調査委員及び講師。カシオ「プロトレック」開発アドバイザー。チョムカンリ登頂(チベット)、エベレスト西稜(7,700m付近まで)、剣岳北方稜線冬季全山縦走などの登攀歴がある。著書に山の天気にだまされるな(山と渓谷社)、山岳気象予報士で恩返し(三五館)、山岳気象大全(山と溪谷社)。共著に山の天気リスクマネジメント(山と渓谷社)、安全登山の基礎知識(スキージャーナル)。