雲から山の天気を学ぼう|(36)~低気圧接近時の白馬連峰の雲変化と気象判断~
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~低気圧接近時の白馬連峰の雲変化と気象判断~
昨年の4月14日(土)~15日(日)にかけて八方尾根・栂池高原で行われた空見ハイキングの際に見られた雲の変化と、現場での天候判断と天候が悪化する中でのリスクマネジメントについて2回に分けて解説します。1回目は4月14日(土)の状況についてです。
低気圧や温暖前線が接近してくるときは、巻雲(けんうん、別称すじ雲)→巻層雲(けんそううん、別称うす雲)→高層雲(こうそううん、別称おぼろ雲)という雲の変化をしていくことが多いですが(第7回参照)、天気変化が激しいときは、巻雲→巻積雲(けんせきうん、別称うろこ雲、いわし雲)、巻層雲→巻積雲といった変化をすることがあります。巻積雲は、上空高い所の狭い範囲で上下の密度差や温度差が大きいときにできたり(猪熊隆之の観天望気講座103回参照https://blog.goo.ne.jp/yamatenwcn/e/bde8b7d9880a9c60757451375a388ef3)、ジェット気流に伴って発生します。そのような状況は発達した低気圧が接近したり、台風が日本の南海上にあるときによく起こりますので、天気図を確認して低気圧が接近してきているときはその後の天候変化に注意が必要です。
図1 4月14日6時の地上天気図(気象庁提供)
実際、この日の朝の天気図(図1)で確認すると、高気圧が日本の東海上に抜けつつあり、東シナ海と中国東北地方に低気圧が現れています。これらがそれぞれ東へ進んでいる状況です。低気圧が接近してくる状況の中で、雲も刻々と変化していきました。
巻積雲は寿命が短い雲で、このときもすぐに消えていきましたが、それに変わって巻層雲とレンズ状高積雲(こうせきうん、別称ひつじ雲)が広がっていきました(雲の種類については第2、3回を参照)。
写真2 巻層雲とレンズ状高積雲が広がる西の空
上の写真は白馬村から西方の五龍岳方面の後立山連峰を見たものです。北アルプスの山並みの上方、あるいは奥に灰色のレンズ状の雲(緑色のカコミ部分)があります。このようにレンズ状の雲は、上空の風が強く、その高度に湿った空気が入り始めていることを表しており、稜線上は既に強風が吹いていることが推測されます。レンズ雲については第18回に説明があります。
写真3 写真2の60分後の状況
写真3は、写真2から60分経過した状態の空です。レンズ状高積雲は厚みを増していく(緑色のカコミ部分)一方で、別の塊状の雲が稜線すれすれに出現してきています。湿った空気が上空から下がってきている証拠です。このようなとき、天気は高い確率で崩れていきます。
今回のツアーでは昼頃、白馬駅に集合して午後、八方尾根をハイキングする予定だったので、天候が悪化する中のハイキングとなります。今回のように天候悪化が予想されるときは、しっかりとリスクマネジメントをすることが大切です。その際に重要なのは、タイムリミット(何時までに●●まで到着しなければ引き返す)を設定(その時間を過ぎたら●●から引き返すこと。1か所とは限らず、複数個所設定することが多い)し、天気が悪化した際の引き返しポイント(そこから先、進んでしまうと荒天時に引き返すことが困難な場所)を決定します。また、天気図から南風が強まることが想定できたので、風を避けられる休憩場所について考えることも重要です(落雷が予想される場合は、落雷のリスクが少ない場所を事前に想定してそこに逃げる)。詳細は、「山の天気にだまされるな(山と渓谷社)」第5章に記載されています。
さて、ゴンドラやリフトを乗り継ぎ、黒菱湿原に到着すると、雲の状況がさらに変化していきました。
写真4 白馬三山上空の波状高層雲(はじょうこうそううん)
やがて、写真4のように高層雲(こうそううん、別名おぼろ雲、第3回参照)に空が覆われていきました。高層雲が薄いときは太陽がおぼろげに透けて見えますが、今回は完全に太陽が隠れているので、雨が近いことを示しています。さらに、高層雲には縞模様(緑色のカコミ部分)があります。これは波状雲(はじょうくも)と呼び、空気が波のようにうねることでできる雲です。波状高層雲が現れるときは、通常高層雲のときより天気が大きく崩れる傾向があり、天候判断をより慎重にする必要があります。
これらの状況とハイキングのコースである八方尾根は樹林がなく、ふきっさらしの尾根上であること、南風が強まりやすい地形的な特徴であることから、次のような基準を決めました。
それは「八方池山荘で風が平均10m/sを超え、雨が降り出した場合には、八方池山荘から上には行かず、黒菱湿原へ下るハイキングにする」というものです。
幸い、八方池山荘出発時には雨は降っておらず、風も平均5m/s前後だったので出発を決定。平均10m/sを超える風が吹き、雨が降り出した時点で引き返すことにしました。
写真5 上空の大気が乱れてきたときにできる雲
一方、南側の空(写真5)を見ると、後立山連峰(高い山脈)の風下側にも波打ったような、やや複雑な雲(緑色のカコミ部分)が現れています。これは山脈を吹き降ろす風と、波を打っている空気、さらに雲の中で降水粒子が生まれ始めて起きる下降流などが複雑に混じりあって、空気が乱れていることを表しており、これがさらに発達すると、翌日現れるアスペリタス波状雲(次号で詳述)になっていきます。
そしてその奥(写真では緑色のカコミ部分の下方にある空の色が明るい部分)の松本盆地方面は雲が薄い晴天域が広がっています。ここで晴れている理由を考えてみましょう。今回の気圧配置(図1)では等圧線の向きから南風が吹くことが想定されます。南風が吹く場合、伊那盆地方面から鳥居峠を越えた風が松本盆地に吹き降ろすとフェーン現象となって、気温が上昇し、空気は乾燥していきます。そのため、雲が消えて晴れ間が広がっているのです。
図2 松本盆地で雲が少ない理由
また、八方尾根では写真5や図3の通り、南側が開けているので、南風のときには風が強まりやすい傾向があるので、登山前の予想天気図から等圧線の間隔を確認することが必要です。
図3 北アルプス周辺の地図。八方尾根では南風が強まりやすいことが分かる。
目安として、東京/名古屋の距離よりも自分が登る山の付近で線と線の間隔が狭いときは、開けた場所では平均10m/sを越える風となる可能性があり、低体温症や転滑落、テントの設営に留意する必要があります。
図4は、この日の午後の予想天気図です。図1と比べて北アルプス周辺では等圧線が込み合っています。このようなときは、風が強まっていく一方なので、引き返しポイントでの判断をより慎重にする必要があります。
図4 14日の15時の地上気圧+降水予想図。この日は等圧線の間隔が西から狭くなっていく気圧配置が予想されていた。
山の天気予報「専門・高層天気図」https://i.yamatenki.co.jp/より
八方池山荘を出発した時点ではそれほど風が強くなかったものの、第2ケルン付近から風が強まってきました。それまでは南側にある遠見尾根より標高が低く、風が遮られていたのが、遠見尾根と同程度の高度になることで風を遮るものが少なくなったことが理由です。このことは、天気図から南風になることを想定し、地図から確認すればわかるので、誰でも事前に想定できることです。また、第2ケルンにはトイレがあるので(この時期使用不可)、建物の影で風を避けられます。強風時はここで防風、防寒対策を万全にして、進退の判断を慎重におこないましょう。
幸い、風は8~9m/s位で雨も降りだしていなかったこと、今後も急激な天候悪化や落雷の恐れはないこと、目的地の八方池は窪地状の地形になっており、風を避けられること。さらに、予定通りのスピードで進んでおり、参加者の体調も問題なかったこと、八方池までタイムリミットとしていた時間までに到着できる可能性が高いことなどから前進を決定しました。
第2ケルンのすぐ上にはやや傾斜のある斜面があり、大量の降雪後は雪崩のリスクがありますが、そうでない場合は、尾根の風下に入るため、南風のときは風を避けられる貴重な場所にもなります。つまり、今回のルートで風が避けられる場所は、
***1. 第2ケルンのトイレ
***2. 第2ケルン上の斜面
***3. 八方池
特に3の八方池は窪地でもあり、尾根上にいるよりは落雷のリスクも下げられます。こうしたルート上の安全地帯は、事前に地図やガイドブックで確認しておきましょう。ただし、風向によって、風が避けられる場所は変わってくるので、風向きを予想天気図(850hPaの気温+風予想図でも可)や、ヤマテンの予報で確認する必要があります。
さて、斜面を登り切り、尾根上に出ると、本日のルートでもっとも風が強くなりました。平均風速10m/s前後です。ただし、体のバランスを崩すレベルではなく、八方池まであとわずかなことから前進を続けます。幸い、雨は降りだしませんでした。白馬三山や五龍岳、鹿島槍など周囲の山もガスに覆われることなく、遠くまで見渡せます。目的地に無事到着し、雪の上に寝転がって空見を満喫した後、下山を開始。下りは雨とのおいかけっこです。
空を見上げると、それまで写真4や写真5のように波状で濃淡のある雲が見られましたが、それが真っ白で濃淡のない雲に変わりました(写真6)。一瞬のできごとです。
写真6 濃淡がなくなり、真っ白になった空
さらに、それまで綺麗に見えていた稜線で雲が出現してきました(写真7)。五龍岳と鹿島槍ヶ岳の間の標高の低い部分に、西側からの湿った空気が流れ込んできたためです。こうなると、雨はすぐそこまで来ています。実際、その直後に雨が降り出しました。逃げるように下山をし、無事、ゴンドラ駅に到着しました。
一方、風下側の妙高、雨飾方面はまだ晴れていました(写真8)。風下側の日本海に近い山岳ほど、南風のときは天気の崩れが遅れます。
文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)
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空気は目に見えませんが、雲は空気の状態を語ってくれています。雲の聞えない声に耳を傾けながら、楽しく山を登りましょう。皆様とご一緒できることを楽しみにしています。
氷ノ山夏山開き 「ヤマテン」猪熊隆之氏と一緒に空見ハイキング
日程:6月2日(日) 日帰り ヤマテンポイント3※
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名鉄観光やまびこ登山教室 山のお天気を学ぶハイキング
スズラン咲く!入笠山と日本百名山霧ヶ峰(車山)コース
日程:6月15日(土)~16日(日) ヤマテンポイント6※
名古屋発着
講師:猪熊隆之(予定)
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トラベルギャラリー 霧ヶ峰(車山)空見ハイキング
日程:6月23日(日) ヤマテンポイント3※
講師:河野卓郎(予定)
お申込み方法や内容、ご参加料金など詳細は、トラベルギャラリーにお問い合わせください。
http://www.t-gallery.co.jp/hondana.html
2019年度ヤマテン主催「山のお天気講座」
東京会場
第1回 1月12日(土) 終了しました。
第2回 4月6日(土) 終了しました。
第3回 7月7日(日) 初級編「雷と局地豪雨から身を守ろう」(午前)
第3回 7月7日(日)/中級編「専門天気図から予想する夏山の気象リスク」(午後)
第4回 9月8日(日)
第5回 12月1日(日)
いずれも午前中に初級編、午後に中級編を予定しています。 皆様の安全登山のお役に立てれば、嬉しい限りです。
それぞれヤマテンポイント1(午前、午後両方ご参加の方は2)
大阪会場
第1回 5月11日(土)
初級編「クイズで学ぶ山の天気入門」
中級編「夏山の気象リスクを予想するための天気図の活用」
講師:猪熊隆之(予定)
会場:大阪科学技術センター
会場や講座の詳細、お申込み方法は4月上旬に発表予定です。
それぞれヤマテンポイント1(午前、午後両方ご参加の方は2)
名古屋会場
第1回 5月12日(日)
初級編「クイズで学ぶ山の天気入門」
中級編「夏山の気象リスクを予想するための天気図の活用]
講師:猪熊隆之(予定)
会場:ウインクあいち
会場や講座の詳細、お申込み方法は講習会の約1ヵ月前に発表します。
それぞれヤマテンポイント1(午前、午後両方ご参加の方は2)
参加費は、いずれの会場とも一般の方は3,000円ですが、ヤマテン会員の方は2,000円となります(基礎編、中級編両方をお申込みの方は一般の方5,500円、ヤマテン会員の方は3,500円と、500円割引になります)。
お申込みなど詳細につきましては、会員向けニュースメール及び、ホームページ上でご案内いたします。
http://yamatenki.co.jp/course.php
2019年の日本の山カルチャークラブ
東京会場(アルパインツアーサービス本社) 19時~21時
受講料:3,000円 ヤマテンポイント各1
毎月1回120分(質疑応答含)
講師:渡部 均 山の天気の基本を、実際の山における実例から学びましょう。1回のみの参加でもOKですが、今年度は全ての受講が基礎編ですので、連続受講をお勧めします。前回の復習も必ず行います。
場所:アルパインツアーサービス本社 特設説明会場
4/24(水):山岳気象のキホンと春山の気象遭難
5/29(水):高気圧と低気圧、前線
6/19(水):梅雨期の気象の特徴とリスク
7/10(水):夏山の気象~落雷と短時間強雨から身を守るための知識~
8/21(水):台風の進路予想図の見方と登山上の注意
9/25(水):気象遭難を防ぐための天気図の見方(秋山編)
10/23(水):衛星画像の利用法
11/20(水):観天望気入門
12/11(水):冬山のお天気入門
お申込み、お問い合わせはアルパインツアーサービス株式会社へ。
※ヤマテンポイントについて
ヤマテンの気象予報士が講師を務める講習会にご参加いただいた皆様にポイントを進呈させていただきます。
机上講座は1回参加につき1ポイント、空見ハイキングなど山での実地講座については1日につき3ポイント(旅行会社企画・実施のものも含みます)を進呈させていただきます。
特定のポイントが溜りますと、素敵なプレゼントを贈呈させていただきます。
詳細につきましては、 http://yamatenki.co.jp/point.php でご確認ください。
雲を学べる絵葉書11枚入りセット(10ポイント溜まるとGET!)
猪熊隆之(いのくまたかゆき)
国内唯一の山岳気象専門会社ヤマテン http://yamatenki.co.jp/ の代表取締役。中央大学山岳部監督。国立登山研修所専門調査委員及び講師。カシオ「プロトレック」開発アドバイザー。チョムカンリ登頂(チベット)、エベレスト西稜(7,700m付近まで)、剣岳北方稜線冬季全山縦走などの登攀歴がある。著書に山の天気にだまされるな(山と渓谷社)、山岳気象予報士で恩返し(三五館)、山岳気象大全(山と溪谷社)。共著に山の天気リスクマネジメント(山と渓谷社)、安全登山の基礎知識(スキージャーナル)。