田中陽希の安全登山への道|山への思い、向き合い方
週末の休日や大型連休になると、山は登山者でにぎわう。限られた休日を充実させたい気持ちで迎えた念願の登山は、天気に恵まれればそれはそれは最高の一日となる。しかしそれは、休日と好天が運よく重なった時の話だ。
「限られた休日」というのはとても貴重で、少々の悪天くらいなら「自分は大丈夫だ」と信じて山に向かってしまうことも理解できる。
そのため、「限られた休日」を優先し、山のコンディションは二の次にしてしまう話をよく聞く。いわゆる「無理して登ってきました!」と、そんな話だ。
百名山と二百名山の挑戦では、「計画したスケジュールを守りたい」「北海道の山が雪で閉ざされる前に!」という焦りがあった。
振り返ってみると、山のコンディションは二の次にして、「無理して登ってきました!」的な登頂が数多くあったと思う。
時には雷雨に見舞われたり、暴風雨の中を登ったり…、心穏やかな登山とはかけ離れた状況も少なくなかった。
そして無事に下山してきた時に感じるのは「生きていて良かった」という安堵感。そして緊張から解放された時の脱力感だけが残るのだ。
自然は不確定なことが多い。それを念頭に行動しなければ、トタン場での判断を鈍らせ、結果的にリスクは増えるばかりになる。
そして事前準備で出来ることは限られているからこそ、これから向かう未知の場所の情報をひとつでも多く集める必要がある。
3年8か月を費やした三百名山の挑戦では、それまでの過去の経験と学びを活かし、登山決行の判断を厳しくした。たとえ自分自身の条件が整っていても「山の表情をしっかりと見たい」ということに重きを置いたのだ。
登山決行直前で踏みとどまり、停滞する宿の窓から空を見上げては、「今日の予報は逆だったなぁ」と一喜一憂することもしばしば。いわゆる「予測の空振り」だ。
慎重になりすぎたと自身の判断を疑うこともあるが、その都度「自然は生き物。思いどおりに行かなくて当たり前。山は逃げない」と前向きに心をリセットしてきた。
2019年7月、長梅雨の影響で静岡県川根本町に3週間以上も停滞した。2019年9月の栃木県奥鬼怒温泉郷でも台風通過を待つために停滞した。2020年4月の山形県酒田市では、コロナ禍の長期停滞を余儀なくされたことから、いい状態の鳥海山を登りたくて中腹で機をうかがっていたときもあった。
登山決行を延期したことで得られた停滞の時間は、決して無駄ではなく、新たな出会いや新たな発見があった。そして「待つ」ことも自然を相手にするときには大切なことなのだと気づくことができた。もちろん待った甲斐がある絶景も体験できたことは言うまでもない。
山を前にした時、少し余裕を持った心構えがあると、予期せぬことがあっても落ち着いた判断ができると思う。僕もその余裕を持つことができたからか、三百名山の挑戦では、それまではなかった「ひきかえす登山」「下見登山」という選択肢が自分の中で常設された。
過去の自分を振り返れば、「登頂するぞ」と入山前から気持ちを高めていくと、余程のことがない限り、その気持ちが揺らぐことはなかったように思える。火の中や水の中までとは言わないが、引き返す判断が必要な厳しい条件下でも、体力と精神力で踏破してきた。
ただ、それでは自分本位の一方通行な登山経験だけが残り、登った山の特徴や魅力を感じることができていなかったと思う。
登る山を単に「数」として捉えるのと、「存在」として捉えているのでは、山への思いや、登山の時間で得た経験をどこかに置き忘れてしまう気がする。
自然崇拝的思考かもしれないが、「日本3百名山ひと筆書き」の301座に登るために、1000以上の山頂に立たせてもらえた。それは山が門戸を開いてくれたからだと感じている。
僕は今でも入山時に「よろしくお願いいたします!」と脱帽し頭を下げ、下山時には振り返り「ありがとうございました!」と感謝の気持ちを表すことが自然と身についていた。
山を含めて自然そのものが柔軟であるように、そこへ踏み入る私たちも柔軟でなくてはならないのだろうと思う。
2019年12月浅草岳へ濃霧の中下見登山
2019年12月天気予報と登山スケジュールでにらめっこ