田中陽希の安全登山への道｜誰にでも起こる「下山・道迷い・遭難」

「無事に下山するまでが登山」というのが、登山の決まり文句のようになっている。おそらく、登山中の遭難（事故）の多くが、下山時に集中するからではないかと考える。体力的にも精神的にも余力のある登りよりも、疲労が溜まって集中力が低下した下山時の方が遭難する可能性が高くなるのは想像に難くない。誰にでも起こりえる「遭難」だからこそ、しっかりとした事前準備で対策することが重要なのです。
2019年8月奥秩父雲取山

遭難しないために心掛けていること

僕自身も骨折や捻挫、行動不能による山小屋での停滞、判断ミスによる道迷いの経験など、ほとんどが下山中に起きている。痛い思いをしながらもなんとか自力で下山できているため、人の手を借りることなく済んでいますが、これも「下山中の事故（遭難）」ということになります。

ケガをして身動きがとれなくなってから、救助要請をしてからが「遭難」ではありません。それは「遭難」の最終段階です。「遭難」への一歩は、山を登る前から始まっています。登る山の情報収集の欠如、それによる装備不足、睡眠不足による体調不良。これらがすでに「遭難」を誘発しているのです。これまでの経験から、「遭難」のリスクを軽減して登山を成功させるために、入山前の周到な準備いつも心掛けています。
2019年8月奥秩父雲取山②

情報収集としっかりした計画が基本の「き」

すべての基本、それは登る山の情報を集めること。山の名前はもちろんのこと、登山届出先の確認、登山口までの道路状況、登山口の駐車場やトイレ情報。行動中のために登山道の状況、水場の有無、コースタイム、標高差、日の出日の入りの時間も大切な情報です。山で泊まる場合や悪天候などで避難することも想定して、山小屋の有無や営業状況も把握しておきましょう。山によっては遭難を未然に防ぐための入山禁止期間を設けている場合もあります。

事前にしっかり情報収集することで、登山に必要な装備の種類や量が分かり、ゆとりある登山計画を立てることができるのです。初めて登る山、初めてのテント泊縦走登山、初めての雪山登山などといった経験のない山であれば、事前の情報収集は必ずしなくてはいけません。
2020年11月暑寒別岳

「遭難」に触れた出来事

「自分が登る山の名前を知らない」という登山者に出会ったことがありました。そのときは、驚きのあまり返す言葉がみつからず、苦笑いで終えた記憶があります。その方は、登山経験者の友人から「登山に行こう」と誘いを受け、軽い気持ちで応じたようです。夜明け前から出発し、友人の車に数時間揺られ、気づいたら長野県の山を登っていたということです。

登山経験者と初心者のパーティでは別行動をしてしまうということもあるようです。本来なら、登山経験者がしっかりと登山初心者を入山から下山までエスコートするべきです。疲労から登れなくなったのか山小屋でひとりの登山初心者に出会ったことがありました。聞いてみると、パーティを組んでいた登山経験者のメンバーは山頂に向かい、ひとり取り残されてしまったということでした。

私自身も20代前半に大きな失敗をしました。新潟県にある巻機山へ、女性登山者を連れて登ったときのことです。女性登山者に体力がないことは分かっていたので、途中で引き返す計画でした。しかし、「せっかく来たのだから登頂したい」という気持ちがだんだん強くなっていき、7合目付近まで登ってきたときには「自分だけでも･･･」と山頂にいくことを決めました。「登頂してくるからここで待っていて」とだけ言い残して、女性登山者を置いて走り去ったのです。

走って登頂したあと急ぎ引き返して、女性登山者と合流しました。7合目で待っているはずの女性登山者は、ひとり取り残された寂しさと怖さで8合目まで登ってきていて、私の姿を見た途端に泣き出してしまいました。そのときになってはじめて、とても危険な選択と行動をとってしまったことに気がついたのです。それからの下山はゆっくりペースを合わせ、何度も謝ったことは言うまでもありません。二人とも無事に下山できましたが、この出来事は「遭難」していたといえるでしょう。
2019年10月巻機山下山中

山を登りはじめたときは乏しかった経験も、日本百名山ひと筆書きから続けてきた数々の登山経験により、登り6割下り4割で心身のペース配分でゆとりある登山をできるようになりました。そして、表面には出てこない「遭難の芽」を、しっかりとした事前の情報収集で摘み取りながら、山と向き合い続けることが大切であることも学ぶことができたのです。