田中陽希の安全登山への道|登山をコントロールするコースタイム
登山の計画時も、登山中も必ず意識する基準がある。それが「コースタイム」。
コースタイムはただの数字ではなく、登山全体をコントロールしていくために必要な基準だ。
ただし、あくまでも目安だということを忘れてはならない。
地図の作成者によっても多少の誤差があり、季節や天候、登山道の状況、そして歩くスピードなどによって大きく変わる。
僕も「日本三百名山ひと筆書き」の挑戦中に、九州の山で新雪ラッセルのためにコースタイムの3倍もかかったことがある。この体験は、季節によるコースタイムの目安を学ぶいい機会になった。
コースタイムを制してリスク軽減
僕が登山を計画する際に大切にしていることがある。それは、事前の準備として地図に目標物のマーキングや周辺情報を見やすく書き加えて、当日の登山をスムーズにするための工夫をすることだ。そして、登山中はすぐに確認できる場所に携帯し、コースタイムに対して実際の行動時間を定期的に書き加えていくこと。
そうすることで、その日の自身のコンディションを把握したり、コースタイムに対して実際の行動が順調なのか否かを確認したりすることができる。
例えば、登山口から標高500m地点までのコースタイムが1時間10分だとしよう。
朝7時に登山口を出発して、標高500m地点に到着したのが8時だった場合、コースタイムより10分早く登れたことになる。
それを基準に、次のポイントまでのコースタイムに対して実際の行動時間を予測できたり、景観の良い場所で休憩時間を多めに取れるなと考えられたり、時間が取られやすい鎖場や岩場などの不安な箇所でも焦らず落ち着いて対処できたりすることができる。
コースタイムより遅れていた場合は、登山中でも行動計画の変更を検討したり、いつもより自身のコンディションが優れないかもしれないと考えて、予期せぬ事態を想定したりすることができる。
コースタイムはただの数字ではない。登山全体をコントロールするために必要な基準として意識することで、リスクを軽減できる登山にすることができるのだ。
コースタイムの設定は無雪期
コースタイムは無雪期の登山(夏山)をベースに設定されている。
冬期や残雪期など雪山の場合は、コースタイムを目安として登山者自身の経験から行動時間を予測し、計画を練る必要がある。
また、季節や天候、登山道の状況、自身のコンディションなど、コースタイムに対して実際の行動時間は大きく変わってくる。コースタイムから自分の行動時間を導き出せるようになるためには、地図を何度も見て標高差などの知り得る情報を読み取れるようになることだ。
計画と行動時間を振り返って実体験を積み重ねていくことが大切だ。
「日本3百名山ひと筆書き」の挑戦で、コースタイムに対する自分の予測が外れたときがあった。
積雪期の登山で思うように進めずに、途中で登頂を諦めて下山を決断した。
また逆に、予想以上に積雪状態が良くてコースタイムよりも早くなり、計画よりも早く登頂できたこともあった。
しかし、積雪期にそういったケースは極めてまれで、雪のためにほとんどが時間のかかる登山となった。
コースタイムの3倍かかった雪の国見岳
「日本3百名山ひと筆書き」をスタートして間もない2018年2月。九州にある熊本県最高峰の三百名山「国見岳」にアプローチしたときのことだ。
その年、例年よりも強い寒気が日本列島を覆い、九州の山々にもたくさんの雪を落とした。標高の高い所では、たった数日で1メートル近くの積雪となるほどだった。
このとき、国見岳登山の計画ではコースタイムに対して、同じくらいのタイムか、少しプラスになるかくらいだろうと予測していた。しかし、結果は大外れ。経験値の乏しさを露呈することになる。
地元の方々から国見岳の情報を集めても、この時期に登る人はいなく、冬期にどれくらいの時間がかかるのかも分からないということだった。
むしろ、「冬に国見岳へ登る」と話したら、信じられないという表情を浮かべられるほどだった。当然、地元の方からは「危ないからやめた方がいい」という言葉をいただいた。
このときは不安でいっぱいだった。
この地のことをよく知る地元の方でさえ知らない状況と、自分の経験値の少なさから、この先どういう登山になるかをしっかりとイメージできていなかったからだ。
しかし、「自分は雪国育ち」だという自負と「ここは九州だから大丈夫」という根拠のない自己流理論が背中を押した。
計画は日帰り登山。宮崎県椎葉村から入山し、熊本県八代市へと下山する予定を立てた。
決行当日の早朝、空は厚い雲で覆われ、吹雪いていた。
一気に不安に包まれ、かすかに見える山を見上げ、判断に迷う自分がいた。
時間だけが刻一刻と過ぎたが、不安な気持ちが解消されないので、計画はけっきょく変更。1日目は行けるところまで登る「下見登山」として、2日目に登頂することにした。
とにかく、山の状況と雪の状態を確かめるためには、一度山に入るしかない。時間も労力も費やしてしまうが、それ以上に得られるものがあるはずと山へ向かった。
途中にある五勇山を目指した「下見登山」の結果は、想像以上の積雪だった。
新雪のラッセルが続き、深いところでは自分の胸丈ほどもあって、五勇山までの行動時間はコースタイムの3倍もかかっていた。
しかし、2日目は順調に計画通りの時間で国見岳に登頂することができた。1日目のラッセルで付けたトレースのおかげだ。ここでの体験が、季節によるコースタイムを自分にとってどのように目安にしたらいいのかを学ぶきっかけとなった。
登山中に地図をよく見ることやコースタイムに対して実際の所要時間を記録することは、面倒になっていい加減になりがちだ。しかし、根気よく意識的に続けることで、自分のペースを自然と把握できるようになる。
そして、登山の計画時には行動時間の予測を立てやすくなって、無理な行程を組んだり、行動中に日没になったりといったリスクを軽減できるようになる。
コースタイムに対する自身の実際の行動時間を把握することは、登山者にとってはとても大切なセルフマネージメントの一つといえるだろう。
2018年9月北アルプス立山
2018年10月北アルプス黒部五郎小屋
2020年3月東北宮城県船形山へ
2020年10月北アルプス槍ヶ岳へ