田中陽希の安全登山への道|「山頂」はゴールではなく、山の魅力のひとつ

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登山の醍醐味といえば「山頂からの展望」だ。多くの登山者は登山の条件として「山頂からの展望」をあげるだろう。登山の専門誌でも、「山頂からの展望」がすばらしい山が毎年のように紹介されている。「あの雑誌で見た山頂からの絶景を自分の目で見てみたい。」それがきっかけで登山者になった人も少なくないだろう。

私が山に入ったきっかけは「高所トレーニング」だ。山頂は「展望を楽しむ場所」ではなく通過点もしくは折り返し地点だった。しかし、山と長く向き合うことで、本当はどうあるべきかを感じて意識が変わっていった。「高所トレーニング」で出会った頃とは比べものにならないほど、いまは穏やかに山と向き合うことができているから、山は「山頂からの展望」だけではないことも知っている。

2018年5月四国三嶺山頂

ひとつとして同じ展望はない

名もなき山を含めれば日本全国には17,000~1,8000の山があるという。もちろんそのすべてに登った経験はないが、日本3百名山ひと筆書きの挑戦では1,000以上の頂に立ってきた。それらの山頂からの展望は、ひとつとして同じ景色はなく、どれも個性的な山ばかりだ。

2018年10月奥穂高岳山頂

槍ヶ岳や穂高岳のように鋭い岩峰は、360度の展望が広がっている。火口の一部が最高峰となる富士山や岩手山は、大きな火口の縁に立つような感覚だ。火口を一周すると、展望はゆっくりと変化していく。八幡平や恵那山のように山頂部まで高木に包まれている山では、展望はない。常設の展望台に上がれば、樹林の上から頭を出すことができる。

山岳信仰の歴史が深い日本では、山をご神体とする所も多い。男体山や岩木山、乗鞍岳の山頂には社が建っている。それも、その山を表す一つの景色といえよう。山頂から南側のみの展望の山。北側のみの山。西側。東側。深い森に包まれ、ここは山頂?と目を疑って山頂標識で間違えないと確認することもあった。

2018年4月四国石鎚山山頂

眼下に町並みが見える山頂。海が見える山頂。見渡す限りの幾重にも続く山並みが見える山頂。頭上の青空だけが見える山頂。地平線のような平坦な山頂。広い山頂。狭い山頂。登山者で賑わう山頂。山小屋がある山頂。雲がわきやすい山頂。雨が降りやすい山頂。雪が多く残る山頂。

本当に様々だ。しかし、山頂からの展望だけが山の魅力ではない。

山の魅力に目を向けてみる

装備を詰め込んだバックパックを背負い、息を乱して汗水流しながら、何時間もかけて一番高いところまで登ってきたのだ。さぞかし山頂からの眺めはいいはずだと期待を胸に登る人も多いことだろう。

グレートトラバースの挑戦中に、山頂から期待していた展望がなかったり、天候に恵まれなかったりした登山者が、深いため息と表情を曇らせる姿を目にしたことがある。時には「がっかりだ」「残念だ」「展望がない山だと思わなかった」と嘆く登山者とすれ違うこともあった。そんなときには心の中で「展望だけではないこの山の魅力、今日だけしか見せていない表情がありますよ~気づいて!」とつぶやくこともあった。

霧がかかって驚くほどの静寂、稜線を勢いよく流れ落ちる雲、雲が去って晴れた瞬間の喜びと感動に包まれる。アルプスの稜線では雷鳥が「ぐがぁぁぁ」と鳴きながら、突然、姿を現す。雨降る日は木の葉や草に落ちるしずくが音楽を奏で、苔が生き生きとする。

全国各地を歩き、山を登り、山間を抜け、町へと出て、時には海まで下り、再び、山へと向かう長い旅の毎日。ふと「いま目指している山はどこから始まっているのだろう?」と思うことがあった。それがきっかけだったのかもしれない、山の成り立ちや歴史に興味を抱いたのだ。それからは少し紐解いてから山へと向かうようになった。麓に住む町の人々の心から始まっていることもあれば、海抜0mから始まっていることもある。

山頂への道のりは想像以上に長く険しいけれど、一歩踏み出せば着実に山頂に近づく。その道のなかで五感を通して感じたことの一つ一つが山からのメッセージだ。それを一つでも多く得ることができれば、山頂に立つことだけがすべてではないと感じられるだろう。

懐の大きな山と向き合うこと

登頂は、ゴールではない。「山頂からの展望」はひとつの節目で、山の心臓部ともいえるだろう。山を知り、日常では得られないモノを感じることができる。長い道のりを歩いてきたのだから、そのご褒美に山頂からの展望を求める気持ちもわかる。しかし、すでに多くの恵みとご褒美を得ているのだ。それに気付けると、たとえ展望がなくても残念がることはなく、山への感謝の気持ちでいられるだろう。

2019年6月南アルプス甲斐駒ヶ岳山頂

日本を形作っている山。登山をしない人にとっても、日々の生活には欠かすことのできない存在となっている人は多くいる。便利な都市部に人が集中する今でも、山間や山腹に先祖代々の暮らしを続けている人はたくさんいる。便利な生活を求めるということは、同時に自然から遠ざかってしまうことでもある。都会の高層ビル群の中にいると、山や自然が見えにくくなってしまって、山がもたらす恵みが人々の生活の助けになっていることを忘れ去ってしまう。都会生活をしてきた私がそれに気づくことができたのは、長い挑戦を歩み続けてきたからこそなのだ。

山は日々、変化し、たくさんの生き物を宿す。まさに恵みの源だ。山は大きい。だからこそ、登る側も視野を広げて、大きな山と向き合うことを忘れてはならない。

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