遭難|ヘリコプターレスキュー
今日のヘリレスキュー
前述したように、今日の山岳遭難救助はヘリコプターなくして語ることはできない。
まだヘリコプターが山岳レスキューに使われていなかった時代は、遭難事故が起こると救助隊が組織され、山麓から歩いて現場へ向かい、遭難者を背負っ て下りてくるのが当たり前だった。このため、天候や遭難場所によっては救助するまでに数日かかることも珍しくなく、その間に遭難者が息絶えてしまうことも あったという。それが今日では、条件が整っていればただちにヘリコプターが現場へ向かい、早ければ1時間ほどで遭難者を救助してきてしまうのである。昔の 救助を知る人にとっては、考えられないことであろう。
山岳遭難事故におけるヘリコプターの導入は、救助活動のスピードアップを実現し、昔なら間違いなく死んでいたはずの重傷者も命が助かるようになっ た。ヘリコプターのおかげで命を助けられた登山者、あるいは後遺症も残らずに早期の社会復帰が果たせた登山者は、かなりの数にのぼるはずである。
しかし、ヘリコプターはけっして万全ではない。山岳地特有の不安定な気流や複雑な地形が、山でのレスキューをより困難なものにしているからだ。ま ず、悪天候のときは飛べないと思ったほうがいい。平地は晴れていても、山に雲がかかっていればアウト。たとえ山が晴れていたとしても、風が強ければやはり 飛行を見合わせなければならない。また、地形によっては現場に近づけない場合もあるし、夜間の飛行も禁じられている。
だから、もし冬山で遭難し、悪天候が1週間ずっと続いたとしたら、その間はヘリコプターも飛ぶことができない。実際、こうしたケースはよくあることで、そういうときには昔のように救助隊員が山麓から歩いて救助に向かうことになる。
救助要請をすればすぐにヘリが飛んできてくれると思ったら大間違いである。
ヘリレスキューの現状
国内におけるヘリコプターレスキューは、警察、消防、自衛隊、民間ヘリ会社によって行なわれている。自治体によって多少の違いはあるかもしれない が、救助要請が入ったときにまず検討されるのが警察ヘリか消防の防災ヘリの出動である。たいていの遭難事故の場合は、警察ヘリか防災ヘリのどちらかが救助 に向かうことになる。
だが、警察ヘリにしても防災ヘリにしても、山岳遭難救助のためだけに配備されているわけではなく、救助要請が入ったときにほかの用途に使われていた ら、当然、出動することはできない。また、オーバーホールに入っているときも同様に機体繰りはつかない。さらに、遭難現場の地形や気象条件によっても「飛 べない」と判断されることもある。
このような理由からどちらのヘリも救助に向かえないときには、民間のヘリ会社に出動が要請される。
もうひとつの自衛隊ヘリは、県知事の要請がなければ出動できないため、山岳遭難レスキューに積極的に使われることはあまりないようだ。ただ、大きな遭難事故が起こったときや、警察ヘリも防災ヘリも民間ヘリも手配できない場合などには出動することになる。
これらのうち、警察ヘリと防災ヘリと自衛隊ヘリには救助費用がかかってこない。一方の民間ヘリは有料で、救助費用は遭難者が負担することになる。
ちなみにある航空の場合、捜索・救助の料金は1時間あたり46万5000円。遭難現場がはっきりわかっているのなら、救助は1時間前後で完了するの で、救助費用は50~80万円ぐらいですむ。しかし、行方不明などで広域的に捜索しなければならないときは時間もかかるので、費用もかさんでしまう。
なお、救助の要請者は、使用するヘリを指定することはできない。実際に「民間ヘリは高額な料金がかかるので、無料の県警ヘリをお願いします」と救助 を要請してきた遭難者がいたというが、とんでもない話である。どこのヘリが救助に向かうのかは、機体のスケジュールや事故現場の状況などを考慮して決めら れるのであって、命の危機に瀕している者がそのことに関してとやかく言うのは間違っている。数十万円の救助費用と命とでは、どちらが大事なのか、よく考え ていただきたい。
余談になるが、今、街では安易な救急車の要請が問題になっているが、レスキューの現場でも同じようなことが起こっている。「疲れたから」「ちょっと おなかが痛いから」などといった、ケガや病気にもならないような理由で救助を要請してくる人が後を絶たないのだ。だが、ヘリコプターはタクシー代わりでは ない。休憩をとって回復する程度の症状だったら、救助など要請せずに自分の足で歩くべきだ。
救助隊員にしろヘリコプターのパイロットにしろ、遭難者を救うため、命懸けで現場にやってくるのである。警察ヘリや防災ヘリに救助費用はかからない といっても、1回飛ばせば民間ヘリの救助費用と同じぐらいの経費がかかっているのであって、それは自治体の税金によってまかなわれているのだ。そうしたこ とを考えれば、安易に救助を要請しようという気にはならないだろう。
現場の正確な情報を伝える
ヘリコプターによるレスキューは、スピードと機動性が最大のメリットである。その反面、悪天候のときや夜間は飛ぶことができず、天候の回復や夜明け を待って救助を行なうことになる。だが、山の天気は変わりやすく、ついさっきまで晴れていたのに、あっという間にガスがわいてきて視界が利かなくなると いったことはよくある話。そんなときにはヘリがガスの一瞬の晴れ間を突いて現場に突入し、短時間のうちに遭難者を救助してくるということもある。それもヘ リだからこそ可能な芸当といえよう。
しかし、もし遭難者の正確な位置がわからなかったら、わずかな間に遭難者を捜索している余裕などとてもなく、完全にガスが抜けるのを待たなければならない。そこで遭難者は、自分がいる正確な位置をできるだけ詳しく伝えておく必要がある。
ヘリは有視界飛行とGPS(衛生位置測定器)によって運航されるため、居場所を緯度経度で伝えられればいちばん手っ取り早い。携帯用のGPSを持っ ているのなら、表示されている緯度経度を伝えればOKだ。また、2万5000分ノ1・5万分ノ1地形図の欄外にも緯度経度が記されているので、ふだんから 読み取る練習をしておくといいだろう。
そのほか、天候、風力、風向、視界もヘリコプターの飛行を左右する重要なファクターとなるので、できるかぎり正確な情報を伝えるようにしたい。
ヘリコプターに合図する
救助要請を受けて出動したが、現場付近には登山者がたくさんいて、誰が救助者なのかわからず混乱した。そんな苦い経験から、長野・富山・岐阜の3県による山岳遭難防止対策協会では、ヘリコプターに救助を求めるサインを統一させている。
まず、自分が遭難者であることを伝えるために、雨具やジャケットなどを片手に持ち、上空に向かって大きく円を描くようにして振る。ヘリの搭乗員が確 認できる位置まで近づいてきたら、今度は体の横で大きく上下に振る(イラスト参照)。これがヘリに救助を求めるサインである。救助を要請するとき以外にヘ リ向かって帽子やタオルやウエアなどを振りまわすと遭難者に間違われる可能性もあるので、絶対に行なわないように。
ヘリコプターが接近すると、風圧でテントなどの装備や木切れなどが飛散するので、飛ばされそうなものはあらかじめ撤収・排除しておくこと。これらが ローターに絡まると、大事故にもつながりかねない。また、積雪時には雪煙が舞い上がるのを防ぐため、着陸または吊り上げ地点周辺の雪を踏み固めておく。ヘ リは風下側から進入してくるので、待機するのは風上で。機体には側面や後方から近づいてはならない。必ず前方から近づくこと。あとは現場での救助隊員の指示に従おう。