自救力アップのすすめ
山岳ライター 羽根田 治
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今、若者を中心に、登山が再びブームとなっています。従来からの中高年世代と併せ、老若男女を問わず、多くの人々が登山に親しんでいます。山に向かう理由は人それぞれですが、世代や性差を超えて人々を惹き付ける魅力が山にあることは間違いありません。
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しかしその一方で、山にはたくさんのリスクが存在しています。たとえば、街で道に迷って も死ぬことはありませんが、山では道迷いが往々にして死につながります。街の道路で転んでもかすり傷程度ですみますが、登山道で転べば転滑落して大ケガも しくは死に至るケースも珍しくありません。些細なミスが命取りになってしまうのも、また山というものなのです。
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そこで登山者には、山に潜んでいるリスクを回避する能力が求められてきます。それは、登ろうとする山についてよく研究し、自分の技術・体力に見合った計画を立て、過不足なく装備をそろえることなどによって高めることができます。
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ただし、いくら準備万端に整えても、リスクを回避できないときもあります。というのも、自然はときに私達の予想を超える厳しさを見せるものであり、人間の予定調和が通用しない世界だからです。
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おまけに、人間はミスをする生き物です。どんなに気をつけていようと、ミスを100%防ぐことはできません。
- 今、国内では年に2,000人以上の登山者が遭難事故を起こし、うち死者・行方不明者は300人近くにのぼり、約800人の人が重軽傷を負っています。それは決して人ごとではなく、あなた自身がいつ事故統計に計上されてもおかしくはないのです。
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山での事故要因は、道迷い、転滑落,転倒、低体温症、熱中症、発病,落石、落雷,雪崩、野生動物の襲撃など様々です。では、万一あなた自身が、あるいは仲間がアクシデントに見舞われて負傷したり行動不能に陥ったりしたときに、あなたならどうしますか?
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本体、登山は自己責任で行なうべき行為であり、山行中のトラブルやアクシデントについて は自分たちで対処し、最終的には自力下山するのが大原則です。しかし、自分たちの力だけではどうしようもないときには、ほかに助けを求めるしかありませ ん。自分たちだけでどうにかしようとして無理をしてしまうと、逆によりいっそうの窮地に追い込まれてしまうかもしれません。
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とはいえ、山の中では助けを呼ぶにしても、救助隊がすぐに駆けつけてきてくれるわけでは ありません。短くとも数時間、場合によっては1日以上かかってしまうことだってあります。では、救助を待つ間、もしなんの対処もできずにいたとしたら、傷 は悪化するばかりで、より深刻な事態に陥ってしまいます。場合によっては、命を落としてしまうことにもなりかねません。
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そうならないようにするために必要となってくるのが“自救力”です。
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“自救力”とは、読んで字のごとく自分を救う力のことです。言葉を変えれば、セルフレスキューということになります。つまり、登山中のアクシデントによって被ったダメージを、それ以上悪化させないようにするための対応策全般のことを言います。
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“自救力”を発揮する過程は、次のとおりです。
・事故発生→仲間の安全確認→安全な場所への移動→負傷者の応急手当→救助要請→
山小屋やピックアップポイントへの搬送→待機→チームレスキューへの引き継ぎ
もちろん、自分たちで搬送して下山(または自力下山)できるのであれば、それに越したことはありません。 -
命が助かるかどうか、後遺症が残らずにすむか、予後の回復が順調に進むかは、この作業をいかにスムーズかつ的確に行なえるか、つまり高い“自救力”を発揮できるかどうかによってきます。
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今、登山ブームの高まりとは裏腹に、“自救力”が備わっていない登山者、“自救力”に乏しいパーティが多いと聞きます。しかしそれは、助かる(助ける)可能性をみすみす放棄していることになります。
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自救力”はひとりひとりの登山者が、ひとつひとつのパーティが持ち合わせるべき技術のひとつです。自分自身の命を、そして仲間の命を守るために、是非とも“自救力”のアップを図かりましょう。