羽根田治の安全登山通信|登山を始めた若者たちに教育の場を
- ホーム
- > 自救力
- > 羽根田治の安全登山通信
1990年前後に始まった日本百名山&中高年登山のブーム以来、国内の山々は中高年の登山者に席巻され続けてきた。いつしかすっかり“山版巣鴨銀 座”と化した状況に、昔を知る山ヤは自分の歳を棚に上げ、「そして爺婆しかいなくなった」などと嘆いていたが、ここ20年ほどの日本の大衆登山が中高年層 を中心に回ってきたことは否定のしようがない。
そんな風潮に変化の兆しが見られるようになったのは、ここ数年のことだ。「山ガール」という言葉が昨年の流行語大賞候補になったように、若者が山にもどってきたのである。
でも、実のところは半信半疑だった。山岳雑誌以外の一般誌が若者向けの山の特集を組んだり、山小屋関係者や登山用具店のスタッフが「最近は若い人 が来るようになりました」と発言したりしているのは、ギョーカイがこぞってブームをつくりあげようとしているだけなんじゃないか。富士山や高尾山のブーム にしたって、山としてではなく観光地として騒がれているだけじゃないか。ま、要するに針小棒大に言われているだけで、若者の登山ブームなんてほんとうはあ りえないんじゃないかと、斜に構えて見ていたのである。歳をとってくると、どうも疑り深くなっていけない。
だが、昨年の8月末に南アルプスの北岳に登ったのを機に、認識を改めることになった。そこでは大勢の若い登山者が登山道上を行き交い、山小屋やテ ントに泊まり、山頂で展望を楽しんでいた。夏休み最後の週末ということもあってか、山は多くの登山者で賑わっていたが、その7割方は20〜30代と思われ る若者だったのだ。
実際に自分の目で確認するに至り、ようやくブームは本物なんだと気付いた。もっとも、最近話をした何人かの山ヤが、頻繁に山に行っているはずなの に、「この前、初めて山ガールを見ましたよ。ほんとうにいるんですね」などと言っていたので、私のようにブームを疑っていた人はけっこういたのではないか と思う。
それはおそらく、山登りを始めた若者たちの行き先が、主にメディアでの露出度が高い富士山や高尾山や涸沢などのエリア、あるいは居住地のそばにあ る身近な低山などに限定されており、行動範囲がまだそれほど広がっていないからだろう。実際、昨秋に槍ヶ岳に登ったときも、上高地〜横尾間ではたくさんの 若者たちとすれ違ったが、横尾から先の槍沢に入ると、若者たちの姿はほとんど見られなくなり、中高年登山者の比率のほうがぐんと高くなった。多くの若者た ちのお目当ては涸沢だったようだ。
ともあれ、出没エリアが限られているにしろ、山登りをする若者たちは間違いなく増えている。そこで心配になってくるのが、遭難事故である。
若者の登山人口が増えれば、それにともない若者の遭難事故が増えることも容易に予想される。仕事柄、私はできる範囲で遭難事故のニュースをスク ラップするようにしているが、以前は中高年の事故がほとんどだったのに、ここ2年ほどは若者の事故がちらほらと目立つようになってきている。ある救助隊員 は、「自分がこれまでに携わってきた救助活動は中高年登山者の事故ばかりだったが、最近になって初めて若い登山者を救助した」と言っていた。また、この冬 の事例を見てみると、大雪や悪天候の影響により登山者の活動が鈍いせいか、例年に比べて事故が若干少なめのような気がするが(3月上旬時点)、それでも次 のような若者の事故が起きている。
1月13日 泉ヶ岳(宮城県) 33歳の男性が単独で登山中に道に迷い救助要請。無事救出。
1月30日 山伏岳(静岡県) 男性2人(ともに31歳)パーティが登山道から外れ、「遭難した」と家族に連絡。無事救助。
2月5日 石鎚山(愛媛県) 単独で入山した24歳の男性が「気分が悪くなって動けなくなった」と救助要請。無事救助。
2月13日 大東岳(宮城県) 単独行の30歳男性が吹雪に遭遇し、道に迷ってビバーク。家族からの届け出を受け、防災ヘリが出動して無事救出。
ただ、ほんとうに若者の遭難事故が増えているのかどうかはわからない。これまで述べてきたのはあくまで印象論であり、データとしてはっきりとした数字が出ているわけではないからだ。
だが、もしこのままブームが続いたときに、中高年登山ブームのときと同じ轍を踏んでしまうのではないかという懸念は強く残る。今日、これほどまで に遭難事故が急増してしまったいちばんの要因は、中高年登山ブームが起きたときに、未組織登山者に対する教育が充分にできず、大勢の“自立できない登山 者”を生み出してしまったことだと思う。
山に若者がいると、やっぱり活気があるし、華やいで見える。若い人たちにはどんどん山に来てもらって、その素晴らしさに触れ、いっそう山を好きに なってもらいたい。しかし、その過程で登山の知識や技術をしっかり学んでいく機会を持てなければ、同じ過ちは再び繰り返される。彼らは若いぶん、体力もあ るし、バランス感覚や敏捷性にも優れているから、中高年登山者に多く見られる転倒や転滑落による事故のリスクは低いかもしれない。とはいえ、若さでカバー できる部分は限られる。自立しないまま登山を続けていれば、いつかきっと手痛いしっぺ返しを食らうことになってしまうだろう。
水を注すようで申し訳ないのだが、そもそも今のブームだっていつまで続くかわからない。だが、ブームが続いているうちに自立した若い登山者を育成しておくことは、長い目で見たときに絶対にプラスになるはずだ。
中高年登山ブーム真っ只中のときに、「このブームが終わったら誰も山に来なくなるんじゃないか」という危惧もあったが、幸いこうして若者の登山 ブームが巻き起こってくれた。そのブームに乗って登山を始めた若い人たちに、知識や技術を学ぶ場をどのように提供し、いかに自立させていくか。それが今の 山のギョーカイの大きな課題のひとつだと思う。中高年の登山ブームを通して得た苦い教訓を、今こそ生かしていただきたい。