日本の国立公園の山の魅力|剱岳
中部山岳国立公園・剱岳
- 「試練と憧れ」
*富山地方鉄道上市駅から伊折の里を経て馬場島に着くと、富山県警の馬場島警備派出所がある。入山の挨拶をして「ヤマタン」を借用し、歩き出すと間もなく剱岳の石碑が見える。見ると「試練と憧れ」と書いてある。これで漸く剱に来たんだと覚悟を新たにする。
*ここまで来るのに、富山県警の関門があって、会や個人の雪山経験や事故に遭った時の緊急連絡先などさまざまな情報を書いた登山届を県警に送り、県条例の冬山入山許可を得てきたのだ。「ヤマタン」は県警が貸してくれた剱の通行手形であり、お守りみたいなものだ。これがあると試練と憧れの山、剱に登れる。ピリッとした朝の冷気と高揚した気持ちがとても新鮮だ。
*これから早月尾根を登って剱を目指す、山行がいよいよ始まるわけだ。果たして今回も無事に帰ってこの石碑を見られるのだろうか。
*早月尾根は高低差が約2,200mで北アルプス三大急登の一つである。早月尾根下部の松尾平を過ぎても展望の利かない尾根が延々と続く。松尾平は最初の息抜き場でもある。登りの時は数少ない心休まる安穏な場所といえるが、下山時には高揚した気持ちを疲れた体とともに癒してくれる嬉しい帰路の楽園だ。
*しばらくこの尾根を息を切らして登っていくと、はるかかなたに池の谷越しに小窓尾根や剱尾根の黒い岩峰群を目にすることができる。その姿は本当に日本ばなれしている。
標高2,224mにある早月小屋は以前、伝蔵小屋と言っていた。佐伯伝蔵さんが作った小屋である。早月小屋の前後で山容が一変し、小屋から上部は鎖場もある岩稜帯だが冬場は雪と氷のミックスとなり、特に2,600mを超えると緊張の連続である。
*まさしく「試練と憧れ」を実感するルートだ。
- 「真砂沢の生活」
*大町から黒部ダム経由で真砂沢へ行く。ダムから黒部川に向かって200mくらいの大下りがスタートだ。この下りが帰路の核心部になる。数日後、疲れ切った体にこの登りは本当に厳しい。
*丸山基部の岸壁をへつるように進むと内蔵助谷出会い。深いヤブをひたすら進んで漸く内蔵助平に出る。つづら折りの急登を登りきるとハシゴ谷乗越だ。ここを越えると八ツ峰奥の剱本峰がまぶしい。やがて剱沢の河原を出て、真砂沢ロッジにたどり着く。明日からの岩登りに備えて、酒盛りの夕食が待っている。以前、ロッジの酒がなくなってしまうと顰蹙をかったことがあった。狭いテント場も水の心配もなく快適なテント場だ。明日から源次郎や八ツ峰の楽しい登攀が待っている。
*源次郎尾根は剱沢の平蔵谷出会いから尾根末端に取りつき、急なルンゼを登る。Ⅰ峰、Ⅱ峰と超え、Ⅱ峰の下りは30mの懸垂。コルから本峰頂上へと向かう。360度、どこを見ても岩、岩の眺めが素晴らしい。頂上の小さな祠の屋根にタッチして長次郎雪渓を下り、真砂沢のテント場に帰る。最近は雪も少なく、雪渓もズタズタに割かれていて見る影もない。昔は剱沢の雪渓と綺麗に繋がっていた。
*明日は早出で八ツ峰に向かう。長次郎谷と三の窓谷を分けて、Ⅰ峰からⅧ峰まで連なった岩稜は八ツ峰ノ頭で剱北方稜線に達する。Ⅴ峰とⅥ峰とのコルで上半、下半に分かれる。南面のCフェース、Dフェースの各ルートはまさに「岩と雪の殿堂」のバリエーションルート入門として楽しい。
*剱岳の厳しい岩峰群と和みの真砂沢は、まさに幼い時の厳父と慈母の組み合わせ。
*いつまでも忘れがたい懐かしの山々だ。
日本山岳救助機構合同会社業務執行社員
中嶋 正治