救急法|救急法にとりかかる前に
なぜ救急法が必要なのか?
山には病院があるわけではないし、119番をしたらすぐに救急車が飛んできてくれるというわけにもいかない。ケガをしたり病気になったりしたときに、街にいるときのように専門的な手当て・治療を受けられないのが山という場所なのだ。
そこで必要になってくるのが、手持ちのファーストエイドキットや登山用具などで症状を悪化させないように処置するための知識と技術。それが救急法 だ。岩場で転落した事故者を迅速に救助するすばらしい技術を持っていたとしても、事故者の負傷箇所に適切な応急処置が行なわれていなければ、回復が遅れた り後遺症が残ったりすることになってしまう。最悪の場合、搬送する途中で命を落としてうことにもなりかねないのである。
たとえば、転落して頚椎を損傷した事故者をどう扱うか。頚椎周辺の保護や手当てをせずにただ単に背負って搬送した場合、負傷者が死に至る可能性はか なり高くなる。頚椎損傷者を背負って搬送するのは厳禁だからだ。山で遭難事故が起きたときに、事故者の負傷箇所を見極め、それに対して適切な応急手当を行 なうことは、事故者の生命を左右する大変重要な意味を持つのである。
ただし、救急法は傷病に対して根本的な治療を行なうものではない。その目的は、医師や救助隊へ引き継ぐまでの間に事故者の症状をそれ以上悪化させないことにあり、あくまで一時的な応急手当なのだということを認識しておく必要がある。
傷病者へのアプローチ
街で交通事故を目撃したときに、慌てて事故者に駆け寄ると、行き交う車に自分がはねられてしまう怖れがある。山での事故もそれと同じこと。むやみに 事故者のもとに近づくのではなく、その前に心を落ち着かせ、今、自分になにができるのか考えてみることだ。そのうえで、次のことに注意しながら救急法にと りかかろう。
- 落石や雪崩、転滑落、水流、野生生物、火山ガスなどの危険はないか、冷静になって周囲の状況をチェックする。
- 感染症を予防するために、直接、血液や体液に触れないようプロテクターする。
- 事故発生を伝える手段を考える。
- 医師や救助隊から的確な指示を受け、また引き継ぎをスムーズに行なうため、傷病者の受傷の状態、経過、行なった処置などを時間の経過とともに記録しておく。
救急法の基本的な優先順位は図のとおり。意識の有無を確認したら、それぞれの処置の英語の頭文字をとって「ABC」と覚えておこう。
なお、人体が受けるほとんどの損傷は、静止物と落下物との間に起こる衝突や外力によって生じ、物体の重量よりもスピードのほうが大きなエネルギーを 生み出す比率が高い。そこで、事故者の受傷の程度をチェックするときは、「落下距離・スピードはどのくらいか」「どの方向で、どの部分に力が加わったか」 「どの部分に損傷が予測されるか」「皮下出血の可能性は」「頚椎・背骨の損傷の可能性は」などについて考えながら全身を観察する。
また、傷病者に対してはむやみやたらに声をかけるのではなく、傷病者の視界に入る場所から声をかけよう。これは、もし首などに重傷を負っていた場 合、振り向いたりすることによって受傷部を悪化させてしまう可能性もあるからだ。さらに、傷病者に恐怖感を与えないように、まず自分の名前を名乗ってから 「お手伝いしますよ」と声をかけるようにしたい。
救急法の優先順位
[1]意識レベルの確認
傷病者を発見したら、動きがあるか、目覚めているか、ケガや大出血はないかの全身評価をチェックしながら近づく。そしてまず意識の有無を確認する。 意識はないが、呼吸をしていて脈も感じられることもあるが、この場合、適切な救命処置を施さなければ心肺機能に悪影響を及ぼす可能性がある。適切な体位を とらせ、評価を継続させよう。
[2]気道を開放する
気道は口から肺に至るまでの空気の通り道。ここが閉じてしまっていると人間は生命を維持できない。
[3]呼吸を確保する
胸の上下運動があるかないか、口や鼻から呼吸音が聞こえるかどうか、顔を口元に寄せてみて頬に当たる吐息を感じるかどうかで確認する。正常な状態であれば、16~18回/分の呼吸が行なわれている。
[4]循環を維持する
心臓の鼓動と連動している脈拍の強弱・頻数をチェックする。正常な状態であれば60~80回/分の拍動がある。このときいっしょに体温のチェックも 行なおう。一般的な正常時の体温は36~37度。これより高くなりすぎても低くなりすぎても身体に悪影響を及ぼす。体温は手首のあたりで評価する(平常体 温であれば皮膚は温かく乾燥している)。
[5]その他の手当てを行なう
大出血、頭・胸・腹部の強い打撲、心臓発作、熱射病、毒蛇咬傷、広範囲な熱傷など、症状に応じた適切な応急処置を行なう。