羽根田治の安全登山通信|冬山のリスクマネジメント
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12月半ば、すでに標高の高い山々は雪化粧をまとい、バックカントリー愛好者からは早くも初滑りの便りが届きはじめている。いよいよ本格的な冬山シーズンの到来だ。
冬山登山は、ほかのシーズンと比較すると自然条件が厳しくなるため、より周到なリスクマネジメントが求められる。次に、冬山の主なリスクについて挙げておく。これらについての対処を万全にして、安全に冬山登山を楽しんでいただきたい。
悪天候
冬山でいちばん怖いのは、悪天候に見舞われたときだ。悪天候下では、転滑落、ルートミス、低体温症、凍傷、雪崩など、さまざまなリスクに遭遇する可能性が格段に高くなる。実際、冬山での過去の大きな遭難事故のほとんどは、悪天候のときに起きている。
プランニングの段階では1週間ぐらい前から天気予報をチェックし、山行当日に天気が悪くなりそうだったら、計画を延期・中止するのが賢明だ。とくに西高東 低の冬型の気圧配置が強まるときや低気圧の通過時には、山々は大荒れの天候となるので充分注意すること。日本海側の山岳地では悪天候が1週間以上続くこと もあり、それを見越したうえで計画を立てる必要がある。万一悪天候に見舞われたことを想定し、エスケープルートや進退の判断を下すポイントも決めておきた い。
行動中も天気の変化には充分注意を払い、悪化しそうなときは無理せず計画の変更を決断しよう。低気圧の接近時などに一時的に天候が回復する擬似好天には騙されないように。長期の山行では天気図のチェックが必要不可欠となる。
低体温症
体が産生する熱量と体外に出ていく熱量のバランスが崩れ、体の中心部の温度が35度以下になって体にさまざまな弊害が引き起こされるのが低体温 症。初期の段階では体が震えたり疲れを感じたりする程度だが、症状が進行すると意識が混濁しはじめ、自分で立つことができなくなる。さらに震えが止まって 筋肉が硬直し、昏睡状態に陥ってしまう。そのままにしておけばやがて心臓は止まり、死に至ってしまうことになる。
低体温症を引き起こす要因とな るのは、「低温」「濡れ」「風」の主に3つ。行動時にはベースレイヤー、中間着、アウターを上手に組み合わせて、体温を適切に保つようにすることが重要と なる。汗による濡れにはとくに注意を払い、なるべく汗をかかないレイヤードで行動することだ。逆に休憩時には、体が冷えないようアウターや防寒具を一枚着 込むといい。また、エネルギー源と水分をこまめに補給することも低体温症の防止に役立つ。テルモスに熱いお湯をいれておけば、手軽に温かい飲み物を飲むこ とができる。
なお、低体温症の初期症状は疲労と間違えやすい。注意力が散漫になる、記憶があやふやになる、なんでもないところでつまづくなどの症状が現れたら低体温症を疑い、ただちに山小屋など暖のとれるところに搬送して適切な処置を施す必要がある。
凍傷
低温の影響で血液の循環が悪くなったり、組織そのものが凍結して細胞が破壊されたりする局所的な障害を凍傷という。重症化すると壊死した部分を切り落とさなければならなくなるので、予防と早期の対処が重要になってくる。
凍傷になりやすい体の部位は、手足の指先、耳や鼻、顔面など。冬山では手袋や帽子、バラクラバ、ネックゲーターなどを用いて肌の露出を極力抑え、風が直接 当たらないようにする。風が強いときはアウターのフードも被ること。手袋や靴下は吸汗・発汗性の高いウールや新素材のものを使用し、できるだけ濡らさない ようすることも大事だ。予備も必ず持って、濡れたらできるだけ早いタイミングで取り替えたい。
手足の指や耳たぶなどが冷たくなってじんじん痛んできたら、指先を動かす、手でこすってマッサージするなどして血行促進に努めよう。足の指の場合は、靴紐を緩め、靴の中で頻繁に指を動かすといい。
雪崩
雪崩は予測が難しい面もあり、昔から安全とされてきたルートや場所で突然、雪崩事故が発生することもある。雪山に登る以上、雪崩を100%回避することは不可能であり、より慎重なリスクマネジメントが必要になってくる。
「ド カ雪」「強風」「急激な気温の上昇」など、極端な気象現象や気象変化は、積雪の状態を不安定にし、雪崩のリスクを高める。山行数日前から現地の天候を チェックし、リスクが高まっていそうなときは計画の変更も考えよう。現地周辺の積雪状況は、営業している山小屋やスキー場に問い合わせて情報を入手すると いい。
現地では、雪崩のリスクの高い場所にはなるべく立ち入らないようにすること。入山者の多い雪山では、雪崩の危険を避けてトレースが付けられているはずだが、漫然とトレースをたどるのではなく、ほんとうに危険がないかどうか自分で判断しながら行動したい。
トレースがなくルートファインディングが要求されるところでは、リスクの低い樹林帯や緩斜面、尾根などをつなぐようにルートを設定する。逆に急斜面、周囲 を斜面に囲まれた沢状地形、木立がまばらなオープンバーン、尾根の風下側の斜面などはリスクが高い。どうしてもそのような場所を通らなければならない場合 は、ひとりずつもしくは適度な間隔を開けて慎重かつスピーディに通過する。リスクの高い場所に一度に何人もが入り込むのは、万一雪崩が起きたときに被害を 拡大させることになるので、絶対に避けたい。
なお、雪山に行くからには、ビーコン、プローブ、シャベルは必携。雪崩講習会に参加するなどして、確実に使いこなせるようにしておくことだ。
ルートミス
積雪期でも人気の高い山にはトレースがついているし、立木にはコースを示す赤布などもつけられている。通常はこれらをたどっていけば問題ないが、 トレースの過信は禁物。それは地元の人が山仕事のためにつけたものかもしれないし、先行者がルートを誤っている可能性だってある。少しでも疑問を感じた ら、ナビゲーションツール(地図、コンパス、GPSなど)で現在地とたどるべきルートを確認しよう。
また、ルートミスを防ぐためには、ナビゲーションツールでこまめに現在地を確認しながら行動することも大事である。とくに降雪直後でトレースが消えているときは、より慎重にルート確認を行ないたい。
厄介なのは、吹雪やガスなどでホワイトアウトになったとき。視界が白一色になってしまうと、方向どころか上下の感覚さえわからなくなることがある。そう なったときにアセってあちこち動き回ると、ルートから外れるだけでなく、滑落や雪崩などほかのリスクを招くことにもなりかねない。ホワイトアウトの状態は ずっと続くわけではないので、ツエルトをかぶるなどして保温に努めながら、その場で視界が開けるまで辛抱強く待つことだ。
もし行動中に「おかし いな」と感じたら、たどってきたコースを引き返すのが鉄則なのは無雪期も積雪期も同じ。積雪期は目標物や道標などが雪に埋もれてしまい、目視による現在地 や正しいルートの確認が無雪期よりも若干難しくなる。地図とコンパスの使い方には習熟しておくことが大前提だ。ホワイトアウトのときなどはGPSが威力を 発揮する。パーティに1台あると心強い。ただしバッテリー切れには要注意。
雪庇
稜線の風下側に張り出した庇状のもろい雪の塊を「雪庇」という。場所によっては実際の地形と雪庇との判別が難しく、うっかりその上に乗ると雪庇が 崩壊して谷底へ転落してしまう。雪庇が形成されているところでは、立木の位置などによってどこを歩けば安全かを見極め、より慎重なルート選定を行ないた い。
転滑落
積雪や登山道の凍結によって、冬山では転滑落事故が多発している。とくに険しい岩稜や急斜面での転滑落は、命取りになってしまう。
転滑落事故を防ぐいちばんのポイントは、つぼ足にしろアイゼンワークにしろ、正しい歩行技術をマスターすること。とくにビギナーは、雪山講習会やガイド登山などを通して、この基本中の基本の技術をしっかり身につけおきたい。
アイゼンを装着しての歩行時には、岩やパンツの裾へのアイゼンの爪の引っ掛けに細心の注意を払おう。アイゼンに雪が団子状に付着したときは、すぐにピッケ ルで叩いて落とすこと。ピッケルを使った滑落停止技術は、習っておいて損はないが、いざ滑落してしまったときにはなかなか止められるものではない。滑落停 止技術の習得に多くの時間を割くよりは、転滑落しない歩き方を繰り返し練習しておくべきだろう。
雪目
雪目とは、雪山の強い紫外線により目の角膜・結膜に起こる炎症のこと。雪目になると痛みで目が開けられなくなり、行動に支障をきたすことになる。雪山では、晴天時はもちろん、曇っているときでもサングラスをかけて行動することだ。
冒頭で述べたように、冬山の自然条件は天候等によって非常に厳しくなる。同じアクシデントでも、夏山だったら軽症(傷)ですむかもしれないが、この時期だと命取りになってしまうこともある。とくに低体温症や雪崩は、これまでに多くの登山者の命を奪ってきた。
プランニングに始まり現場での判断に至るまで、さまざまな場面でのリスクマネジメントは、くれぐれも慎重に。