オサムの“遭難に遭う前に、そして遭ったら”|遭難救助費用は高い? 安い? あなたの命のお値段は?

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中部山岳の遭難事故に対応する長野県警の山岳救助隊員と県警ヘリ(写真提供:長野県警山岳遭難救助隊)

15万円の救助費用は高額か

さる9月13日、テレビ朝日系列の情報番組「グッド!モーニング」で、山で遭難した際にかかる救助費用についての話題が放映された。取材を受けていたのは、今年の7月、北アルプス・白馬岳のツアー登山に参加した中年女性で、大雪渓を下山中によろけて10mほど滑落してしまったという。これにより打撲や流血などのケガを負い、自力下山が困難となり、救助を要請して無事救助されたとのことだった。
ところが、後日、届いた救助費用の請求書を見て彼女は驚いた。請求額が高額だと感じられたからだ。その額は15万3000円。出動した民間の救助隊員3人の手当てと諸経費の合計額である。取材に対し、彼女はこう語っていた。
「実際に請求されてみると、こんなにかかるんだってすごくびっくりします」
「安いとはいえないですね。だから保険に入っててよかった」
このニュースを見て逆に驚いたのは、15万円ほどの救助費用を「高額だ」と感じる登山者がいることだった。ニュースの冒頭では「高額の救助費用を請求された女性を取材しました」というナレーションが流れたが、ということは、おそらく制作者も「高額だ」と感じたのだろう。
女性はコメントしたとおり山岳保険に加入していて、請求された救助費用は全額カバーされたという。ニュースがいちばん伝えたかったのは、「事故に備えることの大切さ」だと思うが、強く印象に残ったのは、残念ながら「遭難救助費用は高額である」ということのほうだった。

警察や消防による救助費用はタダではない

その昔、今のような警察や消防による遭難救助体制が整備されていなかったころ、遭難事故が起これば地元の山案内人や山小屋関係者、消防団員らの民間人が陣頭に立って救助活動を行なっていた。まだ遭難救助にヘリコプターが活用されていなかった時代のことである。救助や捜索には時間がかかり、多くの人員が動員されることも珍しくなかった。しかも、救助活動に携わるのはほとんど民間人だったから、救助費用は当事者負担となり、場合によっては請求額が数百万円〜1000万円以上になることもあった。「山で遭難すると身上を潰す」と言われていたのも決してオーバーではなく、私も親から「遭難だけはしないでくれ」と、たびたび釘を刺されていたものだった。

1980年代に入ると、ヘリコプターレスキューのノウハウが徐々に確立されていったことで、救助に要する時間は大幅に短縮されるようになり、救助費用も昔ほど高額ではなくなってきた。ただし、救助活動を行なうのは主に民間ヘリコプターだったので、救助費用はやはり当事者負担であった。当時のヘリコプターによる救助費用は、1時間あたり50〜60万円というのがおおよその目安で、条件さえよければ救助は短時間で済み、救助費用もだいたい100万円以内で収まっていた。しかし、捜索活動が長引くなどした場合はそれなりに金額もかさみ、当事者負担金はときに数百万円にもなった。

その後、事故が続いた影響などにより、民間ヘリコプターが出動する機会は次第に減り、代わってその役割を担うようになったのが、行政の県警ヘリや防災ヘリである。
現代の山岳遭難救助活動の主体は警察や消防であり、行政ヘリコプターを使って効率よくスピーディに行なわれている。しかも、警察や消防の隊員やヘリコプターが出動して救助にあたった場合、原則的に当事者が負担する救助費用はゼロである。
このため、「山で遭難しても救助費用は遭難者に請求されない」という認識が広まり、今は多くの登山者が「救助費用はタダ」だと思っている。しかし、「タダ」というのは誤りで、行政ヘリコプターが出動する場合でも、燃料費や人件費、整備費などを計上すると、民間ヘリコプターと同等の経費がかかるという。ただ、それを当事者が負担せずにすんでいるだけで、実際には税金で補填されているわけである。警察や消防の隊員の出動についても公務の一環となるので、もちろん出動費などは発生しない。
近年、遭難事故が起こるたびに、「遊びで危険な場所に行って遭難しているのだから自業自得。助ける必要はない」といった声がネット上に飛び交うが、その根底には遭難救助に税金が使われ、当事者には負担がないことへの強い反感がある。

救助費用はいくらかかる?

ただし、警察や消防による救助活動が行なわれても、当事者に救助費用の一部が請求されるケースも、実は少なくない。というのも、事故が発生したときに、山小屋に常駐している民間救助隊員らがいち早く現場へ駆けつけて、救助活動を行なうことも多いからだ。
たとえば、昨年、北アルプス某所で3人パーティのうち2人が落石を受けて負傷し、約4時間後に消防ヘリで救助された事故では、計11万3990円が当事者に請求された。その内訳は救助費用10万2000円、消耗品費1万1990円。救助費用は出動した民間救助隊員2人の手当で、消耗品費は救助活動で使用したロープなどの実費である。ちなみに、民間救助隊員ひとりあたりの救助費用の内訳は次のとおり。

①隊員手当3万円
②傷害保険料1万3540円
③事務手数料2460円

これを合計すると4万6000円となるが、早朝深夜の出動、隊員のビバーク、悪天候、ヘリコプター搭乗する場合は、別途危険手当として1項目あたり5000円が上乗せされる。つまり、民間救助隊員ひとりにつきり1日5万円程度の費用が当事者負担となるわけで、冒頭で挙げた白馬岳での事故もこれに該当している。

また、ネットで公開されているjROの支払い実績(2021年)を見ると、一件の事故につき数万円〜数十万円が当事者に請求されており、遭難者が行方不明になっている場合は100万円以上、なかには補填金の限度額である550万円が計上されているケースもある。
さらに埼玉県では、2018年1月より「埼玉県防災航空隊の緊急運航業務に関する条例」が施行され、県内の一部山岳地域において防災ヘリコプターで救助された遭難者から、救助費用を徴収するようになっている。金額は5分ごとに5000円と定められているが、これまでの平均的な救助時間は約1時間なので、当事者負担は5〜6万円程度のようだ。
今、遭難救助活動の主体となるのは警察や消防の行政機関であるが、大なり小なりの当事者負担金は生じており、ときにそれが数百万円になることもある。「救助費用はタダ」という認識は、改めたほうがいいだろう。

登山者は救助費用の有料化・当事者負担に概ね賛同

さて、全国で初となった埼玉県の行政ヘリコプターによる山岳遭難救助の有料化については、賛否両論が飛び交ったが、施行直後に「ヤマケイオンライン」が登山者を対象に行なったアンケート結果が興味深い。
これによると、回答者1791人のうち、有料化を支持する人は84%で、「支持しない」を大きく上回った。「5分ごとに5000円」という費用については、「妥当だ」という人が38%、「安い思う」という人が31%で、「高いと思う」という人はわずか13%だった。また、「遭難救助費用の有料化は他の地域でも推進すべきだと思いますか」という質問に対しては、73%の人が「推進すべき」と回答している。
このアンケート結果だけで結論を出すのは早急であるが、登山者は遭難救助費用の有料化について概ね賛同する傾向にあるとみられる。ただし、救助費用についての考え方や算出方法、適正料金などについてはいろいろな意見が寄せられたことを付け加えておく。

話を冒頭の白馬岳での事例に戻すと、15万円という救助費用に対し、ネット上には「安い」「妥当な金額だ」「実費を請求すべき」「いくらだったらリーズナブルと思うのか」「命を助けてもらって15万円が高いとは」など、多くのコメントがアップされた。しかしその大半を占めたのは、「安すぎる」というものであった。
私自身は、以前から救助費用の有料化には賛成の立場をとっており、やはり15万円という金額は安すぎると感じた。ではどれぐらいが妥当かというと難しいところであるが、原則的には実費を当事者負担にすべきだと思っている。それは無謀登山や安易な救助要請を抑制し、不公平感をなくすことにもつながる。日本も、海外のように民間の救助隊が救助活動の一切を取り仕切るシステムに変わればいいと思うのだが、現状では絶対に無理そうだし、実現するにしても長い時間がかかることは間違いない。
全国的にみて、トータルでいったいどれぐらいの救助費用がかかっていて、そのうち何%ぐらいが当事者負担となっているのか。そして実際に救助された遭難者は、救助費用についてどう考えているのだろうか。
冒頭のニュースを見て以来、それが気になって仕方がない。


国内で初めて行政ヘリによる遭難救助の有料化に踏み切った埼玉県の防災ヘリコプター(写真提供:埼玉県防災航空隊)

羽根田 治(はねだ おさむ)

1961年埼玉県生まれ。那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術の記事を山岳雑誌などで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『ドキュメント 生還』『人を襲うクマ』『山岳遭難の傷痕』(以上、山と渓谷社)など著書多数。近著に『山はおそろしい 』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)、『これで死ぬ 』(山と渓谷社)がある。

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