オサムの“遭難に遭う前に、そして遭ったら”|富士山における先シーズンの登山規制と閉山期の遭難事故に関して

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富士山で行なわれた登山規制の効果

かねてより富士山では弾丸登山や登山道の大渋滞などが問題となっていたが、2013年に世界文化遺産に登録されたのを機に、オーバーツーリズムによるさまざまな弊害がいっきに噴出した。このため2024年に登山規制を開始したが、規制が行なわれたのは山梨県側の吉田ルートのみで、静岡県側の3本のルート(須走ルート、御殿場ルート、富士宮ルート)については、事前に登山計画を登録するなどの入山管理を施行したのみにとどまった。
この吉田ルートの登山規制は、弾丸登山者が大幅に減少するなど一定の効果を上げたことから、山梨県は2025シーズンも引き続き規制を行なう方針を早々に打ち出した。静岡県も、条例を制定して規制や入山料の徴収を行なうことを決め、山梨県と足並みを揃えることになった。

そして2025年の夏山シーズン、両県はそれぞれ新ルールを設けて登山規制を開始した。両県に共通するルールは次のとおり。
・ひとり4000円の通行料(入山料)を徴収する
・登山道を通行するための事前予約(登録)はウェブから行なうことができる
・14:00〜翌3:00の規制時間帯には、山小屋に宿泊予約している者以外は入山できない

このほか、山梨県側では、「一日の登山者が4000人に達した場合、五合目の登山道入口ゲートは閉鎖される」「新たに設置された富士山レンジャー(安全登山や環境保全についての指導や啓発活動を行なう県の職員)の権限により、軽装登山者などに対しては入山拒否できる」というルールも設けた。富士山レンジャーの権限を強化したのは、前年に防寒具も持っていない登山者や、登山に適さない靴を履いている登山者が問題になったからだという。また、静岡県側では、「eラーニング(富士山の保全、安全登山に係るルール・マナーの事前学習。専用アプリやウェブサイト、または各登山口で受講)」を修了することが義務化された。

こうした登山規制が実施された昨年の富士山、シーズンが終わってみると、別表のとおりの結果が出た。

山梨県側と静岡県側のいずれも遭難事故は減少しており、どの登山道でも著しい混雑は発生せず、弾丸登山など危険行為の抑制にも目に見える効果があったという。山梨県側では富士山レンジャーが指導した登山者数は1144人にのぼり、そのうち9割以上が外国人だった。静岡県側の御殿場ルートでは、入山料徴収の影響により、トレイルランナーが減少したという(御殿場ルートは登山口から山頂までの標高差が最も大きく、トレイルランナーの人気が高い)。
そんななかで目を引いたのは、富士山レンジャーが果たした役割である。「入山拒否」という強い権限を持った彼らは、ゲートで登山者の服装や装備をチェックし、問題がある登山者に対しては指導・説得を行なった。装備不足などを指摘された者は、登山口にある売店で必要なものを買い揃えてゲートを通過したという。登山指導を行なう者に、ここまで強い権限を持たせたのは、おそらく富士山のケースが初めてだろう。

閉山期にはまたもや事故が続発

というわけで、昨シーズンの富士山では、登山規制を行なったことで遭難事故が減り、ルールやマナーも向上したのだが、閉山期となり冬山シーズンを迎えた今、再燃しつつあるのが救助費用の有料化についての論議である。
その火種となったのが、昨年末に起きた2件の遭難事故だった。
12月29日、山岳会の仲間2人とともに富士山の富士宮ルートを下山していた44歳男性が、新七合目付近から200〜300メートル滑落するという事故が起き、仲間が消防に救助を要請した。当初、男性は警察からの電話に応答していたが、午後4時過ぎに警察の救助隊が現場に到着したときにはすでに心肺停止の状態で、その後、死亡が確認された。
また、2日後の大晦日、38歳男性が単独で御殿場ルートの六合目付近を登山中に、突風に煽られて200メートルほど滑落し、110番通報して救助を求めた。男性は顔を打撲するケガを追ったが、出動した救助隊員によってその日のうちに救助されて病院へ搬送された。

この2件の事故を受けて、1月5日に静岡県警地域課は公式Xに「開山期以外の富士登山は非常に危険です」「道路法第46条の規定により、富士山五合目~山頂の登山道は閉鎖中」「違反した場合、六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処される可能性があります」などと記された看板の写真を投稿。翌日には、大晦日に出動した救助隊員が強風に打たれて前に進めず、耐風姿勢をとっている動画をアップして注意を促した。
だが、1月18日には、単独行の中国人男性(20歳)が富士宮ルートを下山中に八合目付近で転倒し、右足首を負傷して行動不能に陥るという事故が起きてしまう。救助要請を受けて出動した警察と消防の救助隊員は、午後11時ごろ現場に到着したものの、風が強く二重遭難の危険があるためその場でビバークし、翌朝、担架で男性を搬送・救助した。この事故についても、静岡県警地域課は公式Xに、ガチガチに凍結した斜面を、ヘッドランプで照らしながら夜間の救助に向かう隊員の動画を投稿した。
これらのリアルな動画の影響もあり、ネット上には「冬の富士山の閉山期の遭難救助費用は全額自己負担にすべきだ」という意見が多数交錯。富士宮市の須藤秀忠市長も救助費用の有料化を改めて訴え、野口健氏はX上で「救助は有料化すべき。有料化すると『救助要請をためらう』との反対意見もあるが寧ろ『少しはためらってくれ』という状況。救助隊も命懸け」と発言した。

救助費用の有料化は難しい?

この一連の流れ、「どこかで見聞きしたことがある」と感じた人もいるかと思うが、それもそのはずで、昨年4月に中国籍の27歳男性が富士宮ルートで5日間内に2度にわたって遭難した際に、やはり遭難者を非難する声がネット上に吹き荒れた。今回は、北海道や長野、新潟などで外国人によるバックカントリーでの事故が続発していることもあって、よけいに風当たりが強くなった感がある。
閉山期間中の富士山での遭難事故に対する世間一般の声は、「閉山期間に入山する者には厳罰を」「規制を無視して入山しているのだから助けにいかなくていい」「ルール無視の登山者を命懸けで助ける救助隊員が気の毒」「登山は自己責任。自分でなんとかしろ」「救助費用は全額自己負担。税金を使うのはおかしい」といった厳しいものが圧倒的だ 。
ちなみに、昨年のこのコラムでも触れたが、閉山期の富士登山が100%禁止されているわけではない。2013年に策定(2015年に改訂)された「富士登山における安全確保のためのガイドライン」では、「充分な技術・経験・知識としっかりとした装備・計画を持った者の登山は妨げるものではない」としている。

正直なところ、救助費用を当事者負担にすることには、私は昔から賛成の立場をとっている。それは「遭難者に罰則を課す」という意図ではなく、「登山は自己責任で行なうもの」という大前提による。ただし、「自己責任なんだから、救助に頼るな。自力で解決しろ」と言っているのではない。山でアクシデントに見舞われ、自分でどうにかできないと判断したら、躊躇せずに救助を要請すべきだと思う。その救助費用については自分で支払う、という意味での自己責任である。汚い言い方で恐縮だが、「自分のケツは自分で拭け」というわけだ。また、救助費用の有料化が遭難事故の抑止力になるという期待もちょっとある。

だから救助費用を当事者負担にするとしたら、閉山期の富士山や外国人登山者だけにとどまらず、一年を通して国内のすべての山、すべての登山者に適用するべきだろう。
もっとも、救助費用の有料化はそう簡単なことではなく、警察法や消防法をはじめさまざまな法律の改正や整備が必要なようだ。
さる1月31日に総合ニュースサイト「ENCOUNT」で公開された、「富士山で相次ぐ外国人の“無謀登山” 救助費用の有料化はできない? 専門家は『極めて難しい』」という記事を読むと、有料化がとても一筋縄ではいきそうにないことがよくわかる。ぜひご一読いただきたい。
https://encount.press/archives/934743/

富士山やバックカントリーに限ったことではなく、救助費用の有料化問題は夏山シーズンにおいてもずっと以前から燻り続けている。遭難事故も、一時的に減少することはあっても、もう長年に渡って増加基調となっている。事故の増加と救助費用の当事者負担なしがこの先もずっと続けば、遭難救助に携わる組織や機関、人、システムなどがどんどん疲弊していってしまう気がしてならない。
自立した登山者を育て、ひいては遭難事故を減らしていくためには、旧態然としたやり方に固執するのではなく、法的改正も視野に入れたうえで、新たな遭難救助のあり方を模索していくべきではないだろうか。

羽根田 治(はねだ おさむ)

1961年埼玉県生まれ。那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術の記事を山岳雑誌などで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『ドキュメント 生還』『人を襲うクマ』『山岳遭難の傷痕』(以上、山と渓谷社)など著書多数。近著に『山はおそろしい 』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)、『これで死ぬ 』『ドキュメント 生還2 』『あなたはもう遭難している』(山と渓谷社)がある。

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