オサムの“遭難に遭う前に、そして遭ったら”|世界自然遺産の西表島での立入制限について考えたこと

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船浦橋から見るピナイサーラの滝

西表島の滝巡りトレッキング

西表島のアウトドア・アクティビティの人気スポットのひとつに、ピナイサーラの滝がある。これは島の北部を流れるヒナイ川に掛かる落差55メートルの滝で、石垣島と西表島上原を結ぶ定期高速船からも、山肌の絶壁から垂れる一条の白い筋を見ることができる。ちなみにピナイサーラの「ピナイ」はヒゲを、「サーラ」は垂れ下がったものを意味し、白い髭が垂れ下がっているように見えるのが名の由来だという。

初めてこの滝を訪れたのは、30年ほどの前の1995年8月のこと。干潮時を見計らって船浦湾の干潟からマングローブ林の水路をたどり、草原から亜熱帯のジャングルのなかを突き進んでいくと、ピナイサーラの滝壺に行き着く。ここからさらに急傾斜の山道を40分ほど登れば、エメラルドグリーンの海と西表島のジャングルの展望が広がる滝の上に立つことができる。コースタイムは基点となる船浦橋から往復5時間弱。滝壺〜瀧上間以外はほとんど起伏がないので、登山経験者であれば比較的に容易に楽しめるトレッキングコースだ。

当時はまだガイドツアーがほとんど催行されておらず、西表島でトレッキングを楽しもうとする人は、個人レベルで計画・実施していたものだった。しかしその後、自然体験型のガイドツアーを催行する事業者が現れはじめ、「西表島の大自然を満喫するならツアーに参加を」という流れが急速に浸透していった。周囲を珊瑚礁の海に囲まれ、何本もの河川がジャングルのなか巡る西表島では、主にカヌーを使ったガイドツアーが人気となった。ピナイサーラの滝へのツアーも、滝壺近くまでカヌーでアプローチし、そこから滝壺〜瀧上をトレッキングするというプログラムが定番となった。
今日、西表島では多くのガイド事業者がビジネスを展開しており、四季を通じて多彩なガイドツアーが催行されている。


ピナイサーラの滝上からは北側の展望が開けている

設定された立入制限フィールド

さて、昨年の秋ごろの話になるが、今年の春に八重山旅行を計画している友人から、「いっしょにピナイサーラの滝に行かないか」というお誘いを受けた。私はこれまでに4、5回訪れているが、最後に行ったのはもうだいぶ昔のことなので、久しぶりに行ってみようかという気になって誘いに乗ることにした。友人はほかの知り合いにも声を掛け、最終的に4人ほどのメンバーで行くことになった。私以外は西表島でトレッキングをした経験がなく、友人が私を誘ったのも、「経験者がいればちょっと安心」といった気持ちがあったからだと思う。コース自体の難易度や体力度は低く、ハイキング気分で行けるので、私も「とくに問題はないだろう」と気軽に考えていた。

ところが、「最近の状況はどうなっているのかな」と何気なく調べてみて驚いた。ピナイサーラの滝へのトレッキングやカヌーなどでの立ち入りは、1日あたりに利用できる上限人数が200人までと設定されており、しかも竹富町への事前承認申請や認定ガイドの同行が必要になるというルールが設けられていたのである。西表島では、ヒナイ川(ピナイサーラの滝)のほか西田川(サンガラの滝)、古見岳、浦内川源流域(マヤグスクの滝・西表島横断道)、テドウ山の5つのエリアにおいて、立ち入るには前述のルールに従うことが、2025年3月1日より義務付けられるようになっていた。

いやいやいや、何度か行ったことのある初心者向けコースを歩くのに、なんで承認申請をしたり、ガイドを付けたりしなければならないのか⏤⏤というのが、この新しい制度を知ったときの正直な気持ちだった。ちなみにピナイサーラの滝のツアー料金は、ガイド事業者やツアー内容、季節などによってバラつきはあるものの、だいたい1万5000円前後ぐらいが相場のようだ。個人でもとくに問題なく行けるであろう場所を訪れるのに、ツアーに参加して料金を払わなければならないというのも、もやもやする話だった。

だが、冷静になってこの新しいルールに目を通してみて、そもそもは「西表島の貴重な自然資源を、オーバーツーリズムによって損なうことなく、自然環境の保全に配慮した持続可能な形で利用し、その恵みを将来世代に渡って引き継いでいくためのルールのひとつ」だということを知った。前述の5つのフィールドは、とくに自然環境の保全への配慮が求められることから、エコツーリズム推進法に基づく立入制限フィールド(特定自然観光資源)に指定されたとのことである。

規制と登山の〝自由〟は両立するのか?

広く知られているとおり、日本列島の南西端、四方を珊瑚礁の海に囲まれた西表島は、島の大半をジャングルとマングローブ林が覆う亜熱帯の島で、イリオモテヤマネコをはじめカンムリワシ、セマルハコガメ、キシノウエトカゲなど多くの固有種や希少種が生息する多様な生態系を有している。このため古くから〝東洋のガラパゴス〟と称され、1972年に「西表石垣国立公園」の一部に指定され、2021年7月には「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の一部として、世界自然遺産にも登録された。
しかし、これにより観光客が急増し、生態系への負荷の増大、地元住民への悪影響(交通混雑や水不足など)、ゴミ問題、イリオモテヤマネコのロードキル(交通事故)などオーバーツーリズムの弊害がいっきに顕著化した。このため島では入島者数を年間33万人、1日1200人を上限とする観光管理計画(数字は目標値)を策定するなど、関係機関がさまざまなオーバーツーリズム対策を実施・検討している。ピナイサーラの滝などにおける新たなルールの施行もその一環であるというわけだ。

なるほど「自然環境保全」という大義名分があるのなら、立入制限をしたり事前に承認申請をしたりしてフィールドを管理するのは、ある意味当然のことだと思う。そもそも西表島に限らず、昨今は国内の一部特定の山岳地などにも人が集中しすぎるきらいがあると、個人的には感じていた。それがコロナ禍を経たことよって、三密を避けて人が広く分散したり、山小屋やキャンプ場の定員が明確化して予約制になったことは、悪いことではないと思っている。
やはり2013年に世界文化遺産に登録された富士山でも、オーバーツーリズムによる登山道の渋滞や登山者のルール・マナー違反などが課題となっていたため、2024年より登山規制を開始。2025年の夏山シーズンが終了した時点で、環境省などは「静岡側・山梨側いずれの登山道でも著しい混雑は発生せず、弾丸登山など危険行為の抑制に目に見える効果があった」と一定の評価を下した。
そのほかの世界自然遺産⏤⏤知床や白神山地、奄美大島⏤⏤でも、立入制限や人数制限、ガイド帯同の義務化などの規制が行なわれている。今後も、世界遺産に登録されているかどうかは問わず、オーバーツーリズムが問題となっているエリアでは、さまざまな形での規制が導入・実施されるようになるかもしれない。
「自然環境保全」や「事故防止」「ルール・マナーの遵守」といった立場から人の行動に規制がかけられ、ユーザーがある程度の不自由を被るのは仕方のないことであり、原則的に我々はそれに従うべきだと思っている。ただ、そう理解はしながらも、本来は〝自由〟であるはずの登山という行為に、少しずつ手枷足枷がかけられようになっていると感じているのは、私だけだろうか。これがさらに進行したときに、登山の〝自由〟とどう折り合いをつけるのか。それは我々がこれから考えていかなければならない大きな課題だと思う。

問われるガイドの質

蛇足ながら、最後に「ガイドの帯同」について。前述したとおり、西表島の立入制限フィールドに入るには、認定ガイドの同行が必要となる。認定ガイドとは、西表島の陸域において、自然体験型のガイドツアーを営む事業者に対し、竹富町が免許取得を義務付けた「竹富町観光案内人」のこと。西表島でカヌーやトレッキングなどのツアーに参加する観光客に対し、町はガイドが免許を取得しているかどうか確認するよう呼びかけている。

ただ、島でツアーガイド業を営む一部ガイド事業者の質やサービスについては、以前からあまりよくないウワサを耳にすることもあった。
〈西表島では自然体験型観光の増加に伴いガイド事業者が急激に増加しており、その中には利用者の安全確保や自然環境への配慮等の認識が不十分と思われる者もいると指摘されています。また、ガイド事業者を統括する組織がなく、情報共有や連携が不足しています〉
上記は2022年12月に竹富町西表島エコツーリズム推進協議会がまとめた「西表島エコツーリズム推進全体構想」に記された一文であり、「ガイド事業者の急激な増加」「質の低いガイド事業者の存在」「ガイド同士の認識共有・連携の不足」の3つをガイド事業者の課題として揚げている。
昨年9月26日には、ユツン川の支流にかかるマヤロックの滝の近くで、女性客ひとりを案内していた38歳の男性ガイドが、滑落して左足首を骨折するなどの重傷を負うという事故が起きた。これによりガイドは自力歩行ができなくなったため、女性が救助を求めて下山。翌朝、やっと携帯が繋がって救助要請ができ、その日の午前中にガイドは救助されたという(このガイドが認定ガイドだったかどうかは不明)。

こうした事故は、実際には起きてはならないことである。参加者は「ガイドの同行が必要」というルールに従い、決して安くはない料金を払ってガイドツアーに申し込むのだから、ガイド事業者は参加者の安全を確保するのが最低限の義務のはずだ。なのにこのケースでは、ガイドが参加者に助けられて安全を確保してもらっている。
ガイディング能力が一定水準に満たないガイドの存在は、大きな事故が引き起こされるリスクを内在している。そんなことにならないよう、事業者への徹底した教育・指導、およびしっかりしたシステムの構築を行政や関係機関には望みたい。


西表島で施行されているガイド免許制度

羽根田 治(はねだ おさむ)

1961年埼玉県生まれ。那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術の記事を山岳雑誌などで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『ドキュメント 生還』『人を襲うクマ』『山岳遭難の傷痕』(以上、山と渓谷社)など著書多数。近著に『山はおそろしい 』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)、『これで死ぬ 』『ドキュメント 生還2 』『あなたはもう遭難している』(山と渓谷社)がある。

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