オサムの“遭難に遭う前に、そして遭ったら”|今年、「山の日」全国大会が開催される沖縄の山について

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西表島・ユツンの滝から珊瑚礁の海を望む

山岳界のレジェンド、雨宮節さん

例年よりもかなり早く桜の開花が始まった先月半ば、雨宮節さんにお会いした。

雨宮さんは1936(昭和11)年、東京生まれ。中学生のときから登山をはじめ、東京雲稜会に入会して岩登りや冬季登攀で頭角を表し、1978(昭和53)年にはイエティ同人を設立して、ヒマラヤでの数々の困難なバリエーションルート登攀を実践してきた方である。また、東京の代々木で山とスキーの店「山幸」を創業し、国内外の山でのガイド業も活発に行なってきた。

そんな、日本の山岳界のレジェンドのひとりである雨宮さんが、沖縄に移住したのが2007(平成19)年のこと。以降、13年間を沖縄で過ごしたのち、健康上の理由などから2020(令和2)年に神奈川県内に居を移した。

雨宮さんは、もう40年以上も前、私がライターとしてやっていくことを志したときに力を貸してくれた恩人であり、奇遇な縁から5年ほど前に沖縄で再会することができた。そこで、帰ってこられたのを機に、一度ご挨拶に伺いたいと思い、それをようやく実現したのが先の訪問だった。

数年ぶりにお会いした雨宮さんは、今年で87歳になったとは思えないほどお元気で、昔の山岳界や山男たちのエピソード、ヒマラヤ鉄の時代の話、沖縄や政治に対する見解などをお聞かせいただいた。その、多岐にわたる話が大変おもしろく、挨拶程度のつもりだったのが、ついつい5時間も長居をしてしまった。

登山の原点が沖縄の低山にあった

話のなかで、とくに印象的だったのは、沖縄の山に対する雨宮さんなりの視点である。

亜熱帯海洋性気候に属する沖縄県は、160もの島々から成っているが、「山」と呼べるような山があるのは、沖縄本島北部のヤンバル地方、石垣島、それに西表島ぐらいだ。標高はいずれも300〜500mほどであり、沖縄県の最高峰である石垣島の於茂登岳でさえ、525mしかない。要するに「低山」ばかりである。本州で登山をしている人からすれば、「なんだ、ハイキングしかできないのか」と、物足りないように思うかもしれない。

だが、雨宮さんが沖縄に来てまず感じたのは、「なんでヒマラヤが沖縄にあるんだ」ということだった。

沖縄出身の友人の話によると、そもそも沖縄の人にとって、山イコール森であり、そこはイノシシを獲ったり、炭を焼いたり、山の恵みを得たりするための生活の場であったという。だから山に登って山頂を踏むという行為に楽しみや意義を見い出さなかったし、山に生活や交易のための道は付けられることはあっても、登山道や道標が整備されることはなかった。沖縄で登山文化というものが育たなかったのも、当然といえば当然だろう。

ちなみに沖縄県勤労者山の会が創設されたのは1978(昭和53)年、沖縄山岳会が1981(昭和56)年、沖縄県山岳連盟(現在の沖縄県山岳・スポーツクライミング連盟)が1992(平成4)年である。これらのことから、レジャーやスポーツとして沖縄の山が登られるようになったのは、沖縄が日本に復帰したのちの1970年代半ばごろからではないかと推測する。

雨宮さんが移住してきたころは、ある程度、沖縄の登山人口も増えていただろうが、ルートが不明瞭な山が多く、道標などもほとんど整備されていなかった。そしてなにより意外だったのが、登山の参考となるガイドブックや文献がほとんど皆無だったことだという。当時のことを、雨宮さんがこう振り返る。

「沖縄の山に登るには、僕らがヒマラヤを目指していたときと同じように、まず自分たちでルートを見つけなければなりませんでした。それは登山の原点ですよね。山なんかないと思っていた沖縄に、その原点があったんです」

沖縄でも増えている遭難事故

同じ低山でも、内地の低山と沖縄の低山ではまったく性質が異なる。ルートや道標が整備されていない沖縄の山では、ルートファインディングのノウハウが必要不可欠となる。しかし、地形は細かな尾根や谷が複雑に入り組んでいるうえ、濃密な亜熱帯林に覆われており、標高のわりには難易度が高い。標高だけを見てナメてかかると、手痛い目に遭うのが沖縄の山なのである。

実際、「僕が沖縄に行ったころから、県外からも登山者が来るようになって、遭難事故も増えてきた」と雨宮さんも言う。2016(平成28)年にヤンバル3村(国頭村、大宜味村、東村)が国立公園に指定された翌年には、8月20日から10月14日までの間に同エリアで6件の遭難事故が発生し、地元関係者が捜索に翻弄された。

また、新型コロナウイルスの感染拡大による行動制限が緩和された2022(令和4)年は、沖縄県内で23件の遭難事故が発生し、過去5年で最多となった。18(平成30)年は8件、19令和元)、20年は各9件、21(令和3)年が14件なので、急増した感は否めない。22年の遭難者数は92人と、発生件数のわりにはかなり多いが、これは大宜味村のター滝と名護市の源河川で、相次いで鉄砲水が発生し、大勢のレジャー客らが取り残されたことによる。鉄砲水による遭難者を差し引いた遭難者数は34人で、このうち道迷いが27人と大半を占めた。

今年に入っても、70代の男性が国頭村の与那覇岳で行方不明となり、翌日、無事救助されるという事故が起きた。男性は登山を趣味として、それなりに経験もあったが、山頂から往路を下山する途中でルートを外れ、山中に迷い込んでいってしまった。

事故を伝える新聞記事によると、最初は幅も広く比較的平坦だった道が、30分ほど歩くと竹藪が生い茂る獣道となり、男性は段差をよじ登り、道を塞ぐ倒木を潜りながら進んだという。しかし、気がつくと往路とは違う道を歩いていたので、山頂に引き返そうとしたが、さらに迷ってしまい、密集した竹藪のなかを手探りで歩き続けたそうだ。

沖縄の山のリスク

沖縄に移住した雨宮さんは、それまでの経歴から沖縄県山岳・スポーツクライミング連盟の会長を務めるようになるが、山で行方不明者が出るたびに、警察や消防からアドバイスを請う連絡が入ってきた。それに対し、雨宮さんはこう答えていた。

「沖縄は気温が高いから、山で道に迷ってビバークすることになっても、低体温症になることはありません。慌てなくても大丈夫です。そのうち自力で下山してくるか、その場でじっとしていれば、無事見つかりますから」

実際、登山者が行方不明になっても、1、2日したら自力で下山してきたというケースが多く、関係者からは「雨宮さんの言っていたとおりでした」と言われたという。

たしかに、山で遭難してしまったときに、生死の鍵を握るのは「保温」だと言われている。その点、気温が高く亜熱帯の森に覆われている沖縄は、本州などの山に比べれば、低体温症のリスクははるかに低いだろう。

しかしその一方で、気温が上がり湿度も高くなる夏は、熱中症に注意しなければならない。拙著でも取り上げているが、かつて私も、ゴールデンウィークに友人と2人で西表島を縦断していたときに、熱中症にかかって行動不能に陥り、遭難しかけたことがあった。雨宮さんも、ヤンバルの尾西岳で熱中症になり、よれよれになりながらようやく下山してきた経験があるという。

また、前述したように、沖縄の山は地形が細かく迷いやすいという点は、雨宮さんも指摘する。

「行けども行けども同じ地形に見えてしまうんですよね。登山の基礎が身についていない人にはレベルが高いかもしれません」

そのほか、亜熱帯性の気候だからか、本州に比べると森に棲む有毒生物も多いように感じる。その筆頭に挙げられるのがハブだ。沖縄の山を歩く際には、これら有毒生物への対策も必須となる。

7回「山の日」全国大会は沖縄で

さて、その沖縄で、今年の8月10、11日に、第7回「山の日」全国大会が開催される。山の日とは、毎年8月11日、「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」国民の祝日で、2016(平成28)年の施行以来、その趣旨を広く知ってもらうため、持ち回りで全国大会が毎年開催されている。

今年の沖縄大会のテーマは、「山を知り、山に感謝し、山を楽しむ 〜自然豊かな南の島、沖縄から未来へ〜」。生活の場である山に、新たに登山という文化が育ちつつある沖縄だからこそのメッセージであろう。

雨宮さんは、13年間を過ごした地で「山の日」全国大会が開催されることについて、こう話していた。

「沖縄の山には歴史や文化があり、そして豊かな自然が溢れている。その自然がいかに大事であるかということを、米軍基地があるにもかかわらずヤンバルが世界遺産に登録されたことの意味を、広く知ってほしい」

ヤンバルの森を含む沖縄本島北部が、奄美大島や徳之島、西表島とともに世界自然遺産に登録された2021年は、ちょうどコロナ禍の真っ只中だった。それが一段落して、かつての日常が戻りつつある今年は、「山の日」効果と相まって、沖縄の山を訪れる観光客や登山者も増えるものと予想される。

これを機に、先に述べたようなリスクに注意して、多くの人が沖縄の山ならではの魅力に触れてもらえればと期待したい。

第7回「山の日」全国大会の会場のひとつ、西表島には亜熱帯の手つかずの原生林が広がっている

沖縄の山は低山ばかりだが、ルートファインディングは手強い

羽根田 治(はねだ おさむ)

1961年埼玉県生まれ。那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術の記事を山岳雑誌などで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『ドキュメント 生還』『人を襲うクマ』『山岳遭難の傷痕』(以上、山と渓谷社)など著書多数。近著に『山はおそろしい 』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)がある。

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