オサムの“遭難に遭う前に、そして遭ったら”|バックカントリーでの外国人の遭難事故が急増。その対策は
国内の大きなスキー場は多くのインバウンドで賑わっている(写真はイメージ)
ウインタースポーツ・レジャーを満喫するインバウンド
この2月、古いテレマークスキー仲間3人と北海道へ行き、旭川を拠点に周辺のスキー場やバックカントリーでスキーを楽しんできた。仲間のひとりは、移住したアメリカから旅行で日本にやってきて、約3週間に渡って国内でスキーを満喫して帰っていった。その彼が、帰る直前にこんなことを言っていた。
「北海道のスキー場のメジャーどころはすべてインバウンドに喰われてしまったようだけど、まだまだローカルのスキー場や山スキーは楽しいね」
北海道で我々が滑ったのは、リフトが2、3基の小さなローカルスキー場だったが、駐車場の車のナンバーを見るかぎり、利用者の多くは地元の人たちのようで、子供たちにスキーを教えるスクールも盛んに行なわれていた。人の少ないゲレンデで、小学校低学年と思われる女の子たちが、初老の指導員のあとについてボーゲンで滑るのを見たりすると、「こういうローカルなスキー場もいいなあ」と、なんとなくほんわかした気持ちになった。
それでも外国人が皆無だったというわけではなく、欧米系やアジア系のスキーヤーの姿もちらほらと見受けられた。幌加内のバックカントリー入門コース、南浅羽山へ行ったときも、我々以外は外国人のパーティか外国人を連れたガイドのパーティだった。
あまり知られていない、こんなローカルなスキー場や山にまでインバウンドが入り込んできているとは、と思ったのは私の認識の誤りだったようで、ネット上にはありとあらゆるスキー場やバックカントリーの細やかな情報が溢れている。ローカルの人たちのみが知るとっておきの場所というのは、もはや存在しえなくなっているのかもしれない。
日本特有の軽くて深いパウダースノーが「JAPOW」と称され、世界各国からスキーヤーやスノーボーダーが訪れるようになって久しい。コロナ禍が明けたあとにはインバウンド需要に拍車がかかり、とくに最近は円安も追い風となって、有名どころのスキー場はまるで海外かのような様相を呈している。
遭難事故の多くは知識・準備不足
それに伴って急増しているのが、外国人によるバックカントリーでの遭難事故である。私の知るかぎりでも、今シーズンは12月下旬からほぼ毎日のようにバックカントリーでの遭難事故が起きているが、とにかく外国人の事故が目立つ。しかも遭難者の国籍は、アメリカ、カナダ、韓国、中国、台湾、マレーシア、イスラエル、フランス、ニュージーランド、オーストラリアと、さまざまだ。
2月13日に配信された北海道文化放送のニュースによると、この時点での北海道におけるバックカントリーでの遭難事故は、昨シーズンの同時期の2倍以上となる52人で、その8割近くが外国人だという。
新潟県の六日町八海山スキー場では2月5日、アメリカ国籍の35歳男性がスキー場に近いバックカントリーでルートを失い、翌日、スキー場の駐車場から約300メートル離れた水のない川のなかで遺体が発見されるという死亡事故が起きた。死因は低体温症だった。
2月20日には、志賀高原の焼額山でバックカントリースノーボードをしていた中国籍の40歳男性が行方不明となり、同日夕方、奥志賀高原スキー場のパトロール隊員によって遺体で発見される事故も起きた。男性は山中で仲間とはぐれて連絡がとれなくなったといい、発見時は体の大部分が雪に埋もれた状態だった。死因は窒息死だったという。
この2件の死亡事故は、いずれもスキー場に近い管理区域外で発生しているが、無事救出された事故にしても同様のものが多いようだ。
バックカントリー遭難の報道については、スキー場の管理区域内になる立入(滑走)禁止エリアと、管理区域外のバックカントリーを混同しているメディアもまだあり、スキー場内の立入禁止エリアでの事故を「バックカントリーでの遭難」としてしまう報道も散見される。2月18日に岩手県の夏油高原スキー場で起きた雪崩事故の一部報道がそうだった(雪崩に埋没した57歳のアメリカ人男性が低体温症により死亡)。
ただ、「コース外に迷い込み」「立入禁止のロープに気付かなかった」「スキーでコース外に出たが戻れない」「スキー場でスキーをしていてバックカントリーに入ったらスキー板が外れてしまった」といった事故の報道を見るかぎり、安易に管理区域外や立入禁止エリアに入り込んでいっている遭難者が多い印象は否めない。
富良野のオーバーツーリズムを報じるニュースのなかで、外国人の遭難事故の増加について、北海道警察の幹部はこう苦言を呈していた。
「遭難者のほとんどはスキー場でスキーするくらいの軽装。食料も持って行っていない。バックカントリーのプロから言わせれば冬山をなめている」(2025年2月15日北海道文化放送)
また、国際山岳ガイドで山岳スキーヤーの佐々木大輔氏は、NHKの取材に応え「北海道のパウダースノーはほかのどこにもなく、みんなの憧れの雪なので、これからも世界中から人が集まり、それに伴って事故も増えていく」「最近は十分な知識や準備がない外国人旅行客がスキー場のコースの外に出て事故に遭うケースが増えている」(NHK北海道NEWS WEB 2025年1月24日)と話す。
この連載の第三回目のコラムにも書いたが、バックカントリー愛好者は、雪山のリスクについて知り、知識とスキル、装備などを整えることを当然のこととして認識している。しかしその一方で、パウダースノーを滑走する憧れから、装備や調査などの事前準備をすることなく、見様見真似でバックカントリーに飛び出していく者が少なくないのもまた事実だ。とくに自国でバックカントリーを楽しんでいる者以外のインバウンドには、その傾向が強いように思う。
急務とされるリスクの周知
では、増え続けるバックカントリーでの外国人の遭難事故に歯止めをかけるには、どうしたらいいのかというと、やはりウインタースポーツ、レジャーとしての魅力を発信するだけではなく、スキー場の管理区域内から一歩でも外に出たら、そこはさまざまなリスクが潜んでいる〝バックカントリー=雪山〟であるということを周知していくのが最優先事項となろう。
たとえば長野県では、英語・韓国語・2種類の中国語版の外国人向け啓発動画「Staying Safe in the Backcountry」を作成しネットで公開している。白馬八方尾根スキー場や栂池高原スキー場、野沢温泉スキー場では、ステッカーやチラシを配って注意を呼び掛ける啓発活動が行なわれたほか、SNS上でも在日オーストラリア大使館の協力を得て、バックカントリーにおけるリスク情報などの発信が開始された。「第二のニセコ」としてスキーヤーが急増している富良野市でも啓蒙活動を進めるとともに、去る2月10日には警察や観光協会などの関係者が参加しての緊急会議を初めて開催し、情報の共有やルールの必要性などを話し合ったという。
リスクを認識してもらうための情報を、いろいろな方法を駆使して広めていく取り組みは、関係者らが積極的に進めていくべきだと思う。
また、リスク情報だけではなく、遭難した際の捜索救助費用の情報についても周知させたほうがいいのではないか。2005年3月、蔵王温泉スキー場で韓国人のスキー客5人が遭難して救助されるという事故が起きたが、遭難者は「捜索依頼はしていない」「マスコミに実名を報道された」などとして11万円の捜索費用の支払いを拒否。結局、徴収できないままうやむやになってしまったという悪しき前例もある。
山岳遭難事故と同じように、バックカントリーでも民間救助隊員やスキー場のパトロール隊員が出動した際の捜索救助費用は当事者負担となる。救助のためにゴンドラや雪上車、スノーモービルなどを稼働させれば、その費用も加算される。そうした情報を外国人にも知ってもらうことは、事故の抑止力にもなるはずだ。
冬に日本のスキー場を訪れる外国人は、わざわざお金を払って遠方から楽しみに来ているのだから、その行動に水を差すようなことはあまり言いたくない。ただ、「日本でバックカントリーを楽しもうとするなら、けっこうハードルは高いよ」ということだけは、しっかり伝える必要がある。
スキー場の管理区域外への侵入について、英語と日本語で注意を促す看板(写真=真壁章一)
羽根田 治(はねだ おさむ)
1961年埼玉県生まれ。那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術の記事を山岳雑誌などで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『ドキュメント 生還』『人を襲うクマ』『山岳遭難の傷痕』(以上、山と渓谷社)など著書多数。近著に『山はおそろしい 』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)、『これで死ぬ 』『ドキュメント 生還2 』(山と渓谷社)がある。