オサムの“遭難に遭う前に、そして遭ったら”|雪山シーズン目前!準備を万全にして、力量に見合った計画を
正しい技術と知識を身につけて雪山登山を楽しみたい
力量不足や無知などによる近年の雪山遭難
今年も早12月。残すところあとわずかとなり、全国各地の山では冬山シーズンの幕開けを迎えている。各地から届く雪の便りに居ても立ってもいられなくなり、いち早く雪山へと飛び出していった人も少なくないはずだ。
ところで昨年(2023年)の正月、赤岳鉱泉・行者小屋が「年末年始の南八ヶ岳は大荒れ模様です」と題した一文をホームページやSNSにアップし、ちょっとした話題になった。その内容は、冬の八ヶ岳に登ろうとしている登山者の無知や非常識、安易さに対して苦言を呈するもので、連載第2回目のこのコラムでも取り上げた。
近年の無雪期における山岳遭難を見ても、投稿で指摘されていたような登山者の無知や未熟さ、過信などが引き金となる事故が目立つ。そうした一部の登山者が、この雪山シーズンにもなにかしらのトラブルを引き起こさないか。バックカントリー愛好者や雪山登山者にとっては待ちに待った季節の到来だが、シーズンを目前にして正直不安に思う。
たとえば2022年3月29日、島根県の猿政山に登った男性3人パーティ(いずれも19歳)が、積雪により身動きがとれなくなり、救助を要請してヘリコプターで救助されるという事故があった。昨年1月1日には、八ヶ岳連峰・横岳の石尊稜を登攀していた62〜67歳の男女4人パーティが、日没と低温、衰弱により行動不能に陥り、警察に救助を要請するという事案が発生した。4人は雪洞を掘ってビバークし、翌日、救助隊によって無事救助された。
報道から推測するに、この2件の事故は、自分たちの力量以上に山に登ろうとしたこと、そして準備不足や不十分な計画などが要因になったと考えられる。
また、冬ではなく春の残雪期の事例だが、昨年4月28日、中央アルプスの千畳敷で25〜51歳の男性4人パーティが身動きできなくなり、警察に救助を求めてきた。4人は「日帰りで景色のいいところまで行こう」と稜線近くまで登っていったが、乗越浄土付近で行動不能になってしまった。それもそのはずで、4人はピッケルもアイゼンも持っていなかったという。
前述の投稿によると、ピッケル、アイゼン、ヘルメットを持たずにトレランシューズのみで厳冬の赤岳に登り、武勇伝のように語っていた人がいたそうだが、私には無謀登山を通り越した自殺行為としか思えない。雪山に必ずしもピッケルとアイゼンが必要になるわけではないが、その雪山に見合ったリスク対策のための装備は絶対に持つべきである。
そのほか、昨年2月4日の伊吹山では、斜面を尻で滑降しながら下山していた47歳女性が、勢い余って約300m滑り落ち、右足首と肋骨を折るという事故が起きた。そのおよそ1週間後の2月12日には、鳥取の大山で、やはり斜面に尻をつけて座り込む体勢で滑り下りていた52歳女性が、雪面に足をとられて前のめりに転倒し、右膝を折る重傷を負っている。
この2つの事故は、おそらく尻セード(尻制動)中に起きたものだろう。尻セードというのは、雪の斜面を下るときに尻餅をついた格好で滑り降りていく技術のことをいう。尻で滑り下りていくのだから、歩いて下るよりも断然速く、しかも簡単そうに見える。
だが、雪面に突き刺したピッケルと靴の踵でうまくスピードコントロールをしないと勢いがつきすぎてしまうので、意外と難しい。また、尻セードを行なうときはアイゼンを履いてはならない。アイゼンを付けていると、爪が雪面に引っ掛かって弾き飛ばされたり、足が折れてしまったりするからで、実際にそうした事故も散見される。
2件の事故の遭難者がアイゼンを履いていたかどうかは不明だが、尻セードの技術がしっかり身についていなかったことはたしかだろう。
用具は使いこなせなければ意味はない
春から秋にかけての無雪機の山とは異なり、雪山では雪の上で活動するための専門的なプラスアルファの技術と装備が必要になってくる。
装備に関していえば、今は装備をそろえただけで完結してしまう人が少なくないように感じる。しかし、いくら最新の用具をそろえようとも、正しく使いこなせなければその機能を発揮できないばかりか、かえって危険を招くことになってしまう。たとえばアイゼンのサイズを事前に調節していなかったり、装着法がわからずに前後逆に付けようとするといった話はよく聞くところだ。どのような場面でどのようにピッケルやアイゼンを使えばいいのかわからないから、ピッケルで自分の体を突き刺してしまったり、アイゼンを引っ掛けて転滑落してしまったりする事故が起きる。
それはピッケルやアイゼンに限った話ではなく、登山用具全般についてあてはまる。実際、用具の使い方や使うタイミングを誤ったことが要因となった遭難事故は、これまでにもたくさん起きている。本来だったら遭難事故を防ぐための用具が、逆に事故のきっかけになってしまっているわけだ。
技術は体験を通して身につけよう
技術の習得については、これまでにも何度か述べてきたが、そもそも今は未組織登山者が登山の技術を学ぶ機会が非常に少ない。山岳会に所属していれば、雪上歩行技術をはじめピッケルワークやアイゼンワーク、雪のなかでの幕営・生活技術などを体系的に学ぶことができるだろう。だが、未組織登山者は動画投稿サイトや山岳雑誌、技術書などを見て独学するしかない。技術を学べる経験豊富な人が身近にいれば話は別だが、なかなかそう都合よくはいかないものだ。
未組織登山者に「知識や技術をどうやって学んでいるの」と聞くと、今は「YouTubeを見て勉強している」という人が多いようである。たしかにYouTubeのサイトには、雪山登山技術を解説する動画も多数アップされている。それらを見て技術を学ぼうとするのは、悪いことではない。
しかし、動画を見るのと、実際に自分で体験してみるのとでは、理解度はまったく違ってくる。技術は身を以って体験してみて身につくものだと思う。怖いのは、動画を見ただけで技術を会得したものと勘違いしてしまうことだ。できれば山岳団体や登山用具店などが開催する雪山技術講習会に参加したり、山岳ガイドにつくなどして、動画で得た知識を実際に検証しながら技術を学ぶことを推奨したい。
気象庁が11月19日に発表した3ヶ月予報によると、向こう3ヶ月の気温は全国的にほぼ平年並みとのこと。降雪量は、北・東・西日本日本海側では冬型の気圧配置が強まる時期があるため、平年並みか多いという予報が出ている。
晴れていれば神々しいまでに美しい雪山も、ひとたび天候が崩れれば猛吹雪が吹き荒れる極寒の地獄と化す。決してアマく見てはならない。
このシーズン中に雪山登山を計画している人は、自分たちの力量を過信せず、しっかり準備を整え、事前に天気予報をチェックしたうえで、山に赴いていいただきたい。
アイゼンを購入したら山行前にサイズ調整と着脱の練習を
羽根田 治(はねだ おさむ)
1961年埼玉県生まれ。那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術の記事を山岳雑誌などで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『ドキュメント 生還』『人を襲うクマ』『山岳遭難の傷痕』(以上、山と渓谷社)など著書多数。近著に『山はおそろしい 』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)、『これで死ぬ 』『ドキュメント 生還2 』(山と渓谷社)がある。