オサムの“遭難に遭う前に、そして遭ったら”|猛暑の夏が終わり、秋山シーズン到来。気象遭難に充分な警戒を

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秋山でも降雪や寒さに対処するための装備は必携だ

多くの死者を出した2つの遭難事故

ここ数年、夏が過ぎると「今年の夏は暑かったなあ」と振り返るのが恒例のようになっている。とりわけ今年の夏は例年にもまして暑かったような気がする。

気象庁によると、今年の夏(6〜8月)の気温は全国的にかなり高く、統計をとりはじめた1946年以降、夏として西日本と沖縄・奄美では第1位、東日本では1位タイの高温となったという。全国の平均気温は平年と比べて1.76度高く、2023年と並んで最も高かった。ある識者は、今夏の暑さについて「昨年同様、異常気象といって差し支えない」と述べていたが、猛暑は9月入ってもおさまらず、秋の気配さえ感じらない毎日が続いていた。

ところが、9月22日の秋分の日を過ぎたころから、急に気温が下がって一気に涼しくなった。私が住んでいる栃木県北部では、朝晩の気温は13度まで下がり、日中の気温が17、18度までしか上がらない日もあった。つい最近までエアコンと扇風機をガンガンつけていたのがウソのような涼しさだった。涼しいというよりは寒いくらいで、思わず暖房をつけたくなったほどであった。

「暑さ寒さも彼岸まで」といわれるが、9月末現在、猛暑もようやく一段落し、少しずつ秋らしい爽やかさを感じられるようになっている。

さて、この季節、登山者が注意しなければならないのは、秋山の気象変化である。先の秋分の日過ぎに突然気温が急下降したとおり、気象状況によっては平地でも天気や気温がガラリと変わる。まして山は自然環境が厳しく天気も変わりやすいので、大きな気象遭難がこの時期に何件も起きている。

その筆頭に挙げられるのが、1989年に北アルプス・立山で起きた中高年登山者の大量遭難事故である。この年の10月8日、40〜60代の男女10人パーティが、室堂から立山に入山した。この日は、雄山から大汝山、真砂山を縦走して剣御前小舎に宿泊し、翌日は2班に分かれて行動後、再び室堂で合流して1泊する予定だった。

ところが、行動を開始してしばらくすると天候が急変し、稜線に建つ一ノ越山荘に着くころには本格的な吹雪となっていた。そのなかで10人は登山を続行するが、間もなく遅れる者がではじめた。雄山の山頂で全員がそろったときには、足に痙攣を起こす者や目眩を訴える者もいた。それでも彼らは引き返す決断ができず、なおも先に進んでしまう。

やがて疲労困憊に陥った者が遅れはじめ、先行グループも道を間違えるなどして大幅に時間をロスし、富士ノ折立と真砂岳の間の鞍部に10人全員がそろったときには、すでに午後4時半になっていた。ここでとうとう動けなくなる者が出てしまったが、この日の行程はまだ半分近く残っていた。そこでリーダー格の男性は救助を要請することを決め、2人のメンバーを伝令に送り出し、残る8人はその場で救助を待つことになった。

だが、伝令の2人は猛吹雪のためにルートを誤り、最寄りの山小屋へはたどりつけず、日没のため行動を打ち切らざるをえなくなった。山中で一夜を明かした2人は夜明け前から行動を再開したが、小屋までたどり着けず、途中で力尽きて倒れてしまった。そこへたまたま通りかかった登山者が2人を発見し、間一髪のところで剣御前小舎へと担ぎ込んだ。しかし、吹き曝しの稜線上で救助の到着を待っていた8人は、全員が低体温症で命を落とした。

また、北アルプスの白馬岳では、2006年に同様の事故が起きている。男性山岳ガイド(48歳)が、42〜67歳の女性参加者6人を率いて祖母谷温泉を出発したのは10月7日のこと。この日は清水尾根を登って白馬山荘に宿泊し、白馬岳〜朝日岳〜栂海新道と縦走、10日に親不知に下山する計画だった。

天気は朝から小雨だったが、清水岳のあたりまでは余裕を持って順調に行動できた。しかし、午後3時過ぎから天気が急変し、猛烈な吹雪に見舞われた。7人は腕を組み合い、強風に何度もなぎ倒されながら尾根をたどったが、主稜線に出る200mほど手前で2人がとうとう動けなくなってしまった。さらにほかの4人も白馬山荘まであと200mを残して力尽き、ガイドが山荘に駆け込んで救助を要請したのだった。

救助活動は困難を極め、辛うじて3人を白馬岳頂上宿舎に運び込んだが、3人目の遭難者は搬送途中で息を引き取った。天気が回復した翌日、稜線に取り残されていた3人をヘリコプターが収容したが、助かったのは前日に救助された2人だけだった。

稜線で吹いた風は風速20mを超すものと思われ、まともに歩けないほどの猛吹雪だったという。稜線上の山小屋周辺では、翌朝にかけて2m近い積雪を記録したほどの悪天候だった。

高山で多発する気象遭難

この2つのケースは、秋真っ盛りの北アルプスで、一時的に冬型の気圧配置になったことにより天候が急変し、猛吹雪のなかで何人もの登山者が命を落とした事故として語り継がれている。これらのほかにも、秋の高山では近年だけでも次のような気象遭難事故が起きている。

  • 2018年10月20日、西穂高岳から奥穂高岳へ向けて縦走していた3人パーティが、「雪で動けなくなった」と警察に救助を要請した。翌朝、県警ヘリが3人を救助したが、51歳の女性が低体温症で死亡した。遭難当時、現場付近には5㎝の積雪があり、気温は0度以下で強風も吹いていたという。
  • 2019年11月2日、三俣山荘から雲ノ平へ向かう黒部川源流部の登山道で、意識のない状態で倒れている単独行の72歳男性を、ほかの登山者が発見して警察に通報した。男性は防災ヘリで救助されたが、その後、死亡が確認された。男性は薄手のダウンジャケットを身に着けていたが、死因は低体温症とみられている。
  • 2021年10月23日の真夜中、白馬乗鞍岳を登山していた単独行の57歳男性が、「寒さで身動きが取れない」と警察に救助を要請した。出動した隊員がその日の昼過ぎに男性を発見したが、死亡が確認された。男性は前日に入山し、救助要請時は降雪のためビバークをしていたという。現場付近には30㎝ほどの積雪があり、発見時には雪を被った状態だったという。
  • 2023年10月5日、北アルプスの南岳で、2人パーティのうち70歳女性が吹雪により行動不能となり、同行者が救助を要請した。民間救助隊員によって近くの山小屋に運び込まれた女性は、低体温症の症状が現れていたが、命に別状はなかった。また、同日の中央アルプス・中岳の山頂付近では、単独行の75歳男性が寒さと疲労で動けなくなり、警察の救助隊員に救助されて病院に搬送された。やはり低体温症とみられているが、命に別状はなかった。この日の北アルプスはほぼ全域で吹雪に見舞われ、中央アルプスの稜線でも冷たい雨が降り風も強かったという。
  • 2023年10月10日、空木岳の池山尾根登山道上の標高2650m地点で、70代男性が倒れているのをほかの登山者が発見して警察に通報した。翌日、男性は県警ヘリによって救助されたが、その後、死亡が確認された。死因は低体温症とみられている。

中級山岳にもリスクはある

このように、北アルプスなどの高山では、10〜11月の秋山シーズン中でも、ひとたび天気が崩れれば真冬並みの降雪や寒さに見舞われることは珍しくなく、命に関わる遭難事故が少なからず起きている。だが、危険なのは標高の高い山ばかりだとはかぎらない。それを強く印象づけたのが、1年前の10月6日、那須連峰の朝日岳で起きた事故だった。

この日の昼前、朝日岳直下の分岐のあたりで、男性2人パーティのうち65歳男性が行動不能に陥ってしまった。2人は前の日に入山して山中の三斗小屋温泉に宿泊、翌朝から行動していたが、朝日岳近くの稜線上に差し掛かったところで、ひとりが低体温症を発症してしまった。同行者の話によると、この日の午前11時ごろから天候が急変し、雨が降ったり止んだりし、小石が飛ばされて顔に当たるほどの強風が吹くなか、四つん這いになりながら岩につかまって進むような状況だったという。

仲間の男性は助けを求めるため、携帯電話の電波が届く場所を探しながら移動したが、その途中で69〜79歳の男女3人パーティが倒れているのに遭遇。声をかけたが返事はなく、そのまま下山を続けて救助を要請した。その15分後、別の男性登山者も3人を発見して警察に連絡を入れた。遭難者の4人は、天候が回復した翌日、発見・救助されたが、全員死亡が確認された。死因はいずれも低体温症であった。

事故当日の10月6日は、発達した低気圧が北海道の西に進んで西高東低の冬型の気圧配置となり、北日本の各地で大荒れの天候となっていた。とくに強風地帯として知られる那須連峰では、午後に25メートル以上の暴風が吹き荒れていたとみられている。

ちなみに同年11月22日には、女性2人パーティが茶臼岳からロープウェイ駅に向けて下山中、71歳の女性が同行者とはぐれて行方不明となる事故も発生した。女性は翌日発見されたが、搬送先の病院で死亡が確認された。死因は低体温症であった。

秋といえば爽やかで過ごしやすいというイメージがあるが、気象条件次第では、高い山だけではなく中級山岳でも大荒れの天候となり、警戒を怠るとたやすく命が奪われてしまう。この時期の登山は、事前に天気予報をチェックし、悪天候の予報が出ているときは決して無理をしてはならない。また、冬山装備を含め悪天候に対処するための装備も必携である。

羽根田 治(はねだ おさむ)

1961年埼玉県生まれ。那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術の記事を山岳雑誌などで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『ドキュメント 生還』『人を襲うクマ』『山岳遭難の傷痕』(以上、山と渓谷社)など著書多数。近著に『山はおそろしい 』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)、『これで死ぬ 』『ドキュメント 生還2 』(山と渓谷社)がある。

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