オサムの“遭難に遭う前に、そして遭ったら”|ポイズンリムーバーを使った応急手当は無駄なのか?

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ハチに刺された!

8月下旬、庭に生い茂った雑草を手で引っこ抜いていたときに、ハチに刺されてしまった。その瞬間、右腕の前腕にバチっと感電したような鋭い痛みがあり、間髪を置かずに右側の首の付け根のあたりにも同様の痛みが走った。ハチに刺されたことは瞬時にわかったので、「もし近くに巣があったら集団で遅われる」と思い、慌てて走り出して家の中に避難した。

夕暮れ間近の薄暗いなかで作業をしていたときのことだったので、ハチがいたことにはまったく気づかず、ハチの種類はわからなかった。刺されたときの状況⏤⏤地面のそばに屈み込んでいたときだった⏤⏤を考えると、土の中に営巣するクロスズメバチだったのかもしれないし、ツチバチやドロバチだった可能性もある。ハチの仲間のなかでも最凶とされるオオスズメバチも土の中に巣をつくるが、ヤツらが飛んでいたらさすがに気づくだろうし、刺されたら痛みはこんなもんじゃないだろうと想像した。

ちなみに翌日、現場周辺を確認してみたが、ハチは一匹も見なかったし、巣らしきものも見つけられなかった。

さて、家の中に逃げ込んでまず行なったのは、ポイズンリムーバーを使っての毒の吸い出しである。右腕の患部は、ちょっと皮膚の色が黒っぽく変わっているだけで確認しづらかったが、リムーバーのカップを当てて吸引すると、傷口から血が滲んできた。これを何度か繰り返したのち、水道水でよく洗い流した。ハチ毒は水に溶けやすく、毒液を搾り出すように傷口を強くつまみながら流水で洗うと効果的といわれているからだ。首の付け根の患部については、ひとりではポイズンリムーバーでの吸引ができないので、シャワーで傷口を洗い流すしかなかった。

その後、抗ヒスタミン剤を含むステロイド軟膏を塗布しようと思ったのだが、家にある虫刺され薬はキンカンだけだったので、あまり効果は期待できそうになく、あとは放置することにした。抗ヒスタミン成分は、アレルギー症状を引き起こすヒスタミンの働きをブロックし、痒みを抑える作用があり、ステロイド成分は、腫れや強い痒みなどの炎症反応を鎮める働きをする。この薬を常備していなかったのは失敗だった。

以上の処置を行なう間、いちばん心配だったのはアナフィラキシーショックを起こしやしないかということだった。アナフィラキシーショックはハチ毒に対して重篤なアレルギー反応が起こることで、全身の蕁麻疹や痒み、呼吸困難、血圧低下、意識障害などの症状が現れ、最悪の場合は死に至ってしまう。2回目以降ハチに刺されると発症するリスクが高いとのことなので、「最後に刺されたのはいつだったっけ」などと記憶たぐりつつ、兆候が現れたらすぐに119番通報しようと身構えていた。

幸い、心配は杞憂に終わったが、ハチに刺されてからアナフィラキシーショックが起きるまでの時間は5〜10分程度といわれており、そもそも症状が出てから救急車を呼んで間に合うのかという疑問も残った。ましてそれが山のなかだったら、かなり深刻な状況になってしまうだろう。その不安を払拭するために、ハチ毒アレルギーの抗体検査を受けたうえで、陽性であれば「エピペン(アナフィラキシー症状の進行を一時的に緩和し、ショックを防ぐための応急的な自己注射薬)」を処方してもらうのがベターだと感じた。

処置後、右腕の患部は腫れることもなく、じきに痛みも引いた。しかし、首の付け根は腫れて鈍痛が続いた。翌日になると、大きく腫れてしこりのように硬くなり、強い痒みが生じていた。腕のほうはとくに変化はなかったが、夜になると発赤と痒みが現れはじめた。

どちらの症状もしばらく続いたが、腕のほうは4日ほどで発赤も痒みも消えた。首の腫れと痒みは1週間ほど残った。

吸血昆虫や毒虫には効果あり

2年ほど前、ブヨに刺されたときもやはりポイズンリムーバーで処置したことがあった。吸引した傷口からは、血液とともに透明な液体(リンパ液か?)が吸い出されたのを確認できた。実はこのとき、刺されたところを一箇所だけ処置をせず、そのまま放っておいてみた。その結果、毒液を吸い出した箇所はほとんど痒みが生じず、2、3日で完治したが、ポイズンリムーバーを使わなかったところは1週間ほど強い痒みが続いた。

ご存知のとおり、ポイズンリムーバーは有毒生物に刺されたり咬まれたりしたときに、毒液を吸い出して被害を軽減してくれる応急処置のアイテムである。野外活動の際のファーストエイドキットのなかに常備している人も少なくないと思う。

しかし、以前から「ポイズンリムーバーは効果がない」がないという見解もあり、ネットで検索してみても是非は真っ二つに分かれている。「効果がない」とされる根拠は、医学的なエビデンス(証拠・根拠・裏付け)がないからで、「吸引できる毒液はごくわずかに過ぎない」「使い方によっては悪化させてしまうこともある」といった指摘もある。とくに毒ヘビに咬まれたときの応急手当としてポイズンリムーバーを用いることは、アメリカの権威ある医学団体が明確に否定している。

たしかにマムシやヤマカガシ、ハブなどの毒ヘビの毒性は非常に強く、また注入量も多いだろうから、ポイズンリムーバーではとても対処できないというのは納得できる。咬傷部を何度も吸引することによって傷を悪化させてしまうというのも、そのとおりだと思う。ただ、ポイズンリムーバーの有効性が実証されていないからといって、ハチやアブ、ブユ、ムカデなどの吸血昆虫や毒虫に対しても「効果なし」「無意味」とするのは早計ではないだろうか。

そう思う根拠は、前述した自分の実体験による。どちらのケースでも、ポイズンリムーバーを使用した患部のほうが症状は軽く、治癒も早かった。もちろん、体内に注入された毒液の量は同じではないだろうから、厳密に比較することはできない。しかし、体験を通して効果があることは実感できたので、これからもポイズンリムーバーを使い続けるつもりだ。

なお、アナフィラキシーショックについては、体内に毒液が注入されることによって引き起こされるので、ポイズンリムーバーで吸引しても効果がないことは付け加えておく。

余談になるが、今回ハチに刺されたときに、首の付け根の患部は自分で吸引することができず、鏡を見ながら試みもしたが、うまくいかなかった。

ポイズンリムーバーにかぎらず、受傷部によっては一人では応急手当ができないこともある。なにしろ手が届かないのだから仕方ない。たとえ届いたとしても、うまく処置するのはなかなか難しい。試しに自分の腕に包帯を巻いてみるといい。きっちり巻くのは容易ではないことがわかるはずだ。

自分でできる応急手当には限界がある。それが単独行のデメリットのひとつであることを今回改めて実感した。

応急手当の知識やノウハウも大事だが、ソロ登山ではなによりケガをしないようにお気をつけを。

羽根田 治(はねだ おさむ)

1961年埼玉県生まれ。那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術の記事を山岳雑誌などで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『ドキュメント 生還』『人を襲うクマ』『山岳遭難の傷痕』(以上、山と渓谷社)など著書多数。近著に『山はおそろしい 』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)、『これで死ぬ 』『ドキュメント 生還2 』(山と渓谷社)がある。

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