今シーズンより富士山で始まった新たな規制や管理はなにをもたらすか

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吉田ルートの五合目を夜明け前に出発し、登っていく途中で日の出を迎える

一日の登山者数を制限し、通行料を徴収

日本一高い山、富士山には4本の登山道⏤⏤吉田ルート、須走ルート、御殿場ルート、富士宮ルート⏤⏤がある。このうち吉田ルートのみ山梨県側から登る道で、ほかの3本は静岡県側からの登山道だ。吉田ルートは首都圏からのアクセスがよく、山小屋の数も多いうえ、七合目と八合目には救護所もあることなどから、4コース中最も登山者が多い。ただ、富士山に登る登山客の半数以上が利用するほどの人気ルートであるため、八合目より上部では夜明け前にご来迎待ちの大渋滞が発生することもある。

その吉田ルートで、今シーズンから富士山では初となる入山規制が行なわれることになった。これは、以前から問題になっていた弾丸登山や登山道の大渋滞、自然環境へのダメージなどに対処するためで、とくに昨年は登山道で仮眠をとる、トイレで寒さを凌ぐ、暖をとるために焚き火をするなど、インバウンドや観光客の増加によるオーバーツーリズムの弊害が一気に噴出していた。

そこで山梨県は、7月1日から9月10日までの登山期間中、一日の登山者数を4000人に制限し、五合目の登山口に入山規制のゲートを設けて通行料2000円を徴収することを決定した。4000人中3000人はオンライン上での事前登録となり、5月20日からインターネットの「富士山オフィシャルサイト」で予約を受け付けている。通行料は事前決済となり、当日は予約時に発行されたQRコードを登山口の予約者専用窓口で認証して登山を開始することになる。4000人中1000人は当日受付分で、事前予約をしていなくても入山者が4000人に達していなければ、現地で通行料を支払って登山を開始できる。4000人に達した場合は登山道は閉鎖される。また、ゲートは16時から翌日の午前3時まで閉鎖され、この時間帯に入山することもできなくなる(下山はできる)。ただし、山小屋に宿泊予約をしている者にかぎり、規制時間帯も通行可能となる。なお、ゲートには24時間体制で警備員が配置されるという。

ちなみに近年で登山期間中に登山者が4000人を超えた日は、2017年が17日、18年は12日、19年が10日、23年は5日だった(コロナ禍の20〜22年は除く)。

事前決済した通行料はキャンセル不可

以上が吉田ルートで今シーズンから始まる入山規制についての概要だが、懸念材料もいくつかある。そのひとつは、事前予約の決済が完了したのちは、県の都合により通行できなかった場合を除き、通行料の返金はされないこと。「県の都合により通行できなかった場合」というのがどういう状況を指すのがわからないが、たとえば当日が悪天候だったり体調不良だったりして登山を中止しても、2000円は戻ってこないわけである。

また、都合により日程を変更する場合も、新たに2000円を払って事前予約をする必要があり、変更前の日程で決済していた通行料は返金されないという。

悪天候が予想されるときや体調がすぐれないときは、いうまでもなく計画を変更・中止するのが賢明な判断というものである。しかし、事前に支払った2000円が戻ってこないとなれば、多少無理してでも登ろうとする人が増え、結果的に遭難のリスクを高めることになってしまうのではないだろうか。オフィシャルサイトでは事故防止のための体調管理や気象情報の把握などを呼び掛けながら、「でもキャンセルや変更には応じないよ」とするのは、やはり矛盾しているように思う。

また、山小屋に宿泊予約を入れている人は、通行予約をしなくてもいいという点もモヤモヤ感が残る。当日、ゲートで山小屋の予約完了メールなどを見せて通行料を支払えば、規制が開始されたのちでも入山することができる。もちろん、山小屋の予約と通行予約をいっしょにしておくことも可能で、そうすればQRコード認証によってスムーズにゲートを通過できるという。しかし、通行予約をしていなければ、1000人の当日枠の人たちと同様、現地で通行料を支払うことになる。そのゲートでの支払いがどのような形での運営となるのかわからないが、状況によっては長蛇の列ができるなどの混乱が生じるかもしれない。

ただ、予約を山小屋の宿泊だけにしておけば、悪天候などによって登山を中止した場合、山小屋のキャンセル料だけを支払えばよく、通行料の2000円は損せずに済むというメリットもある。なお、山小屋に予約をしている人の数は、一日の上限である4000人のなかに計上されるというので、各山小屋の予約状況は登山者を管理する山梨県に逐次、報告されるのだろう。

通行料のほかに富士山保全協力金も。一方の静岡県側の対応は?

もうひとつ、懸念材料となりそうなのが、「富士山保全協力金」制度の存在だ。これは富士山の環境保全や登山者の安全対策のための資金として、任意で協力金1000円の徴収を呼び掛けるもので、吉田ルートだけではなく静岡県川のルートを含めた全ルートで2014年より実施されている。つまり、吉田ルートからの登山者は、この富士山保全協力金に賛同する場合、通行料と併せて計3000円の料金を負担することになるわけである。

富士山オフィシャルサイトによると、両者の主な使途は次のとおりだ。

  • 通行料:山中での安全誘導・巡回指導、通訳などの外国人サポート、規制関係経費(ゲート整備、運営費など)、登山者安全対策現地連絡本部の運営、災害時の応急・復旧、登山道の維持管理など
  • 富士山保全協力金:救護所の設置・運営、臨時公衆トイレの設置・管理、六合目安全指導センターの運営補助、自主防災組織への活動支援、外来植物への侵入防止など

というように、使途は明確に異なっているようだが、山梨側からの登山者にしてみれば、二重に料金を徴収される感は否めない。心情的には「通行料として2000円徴収されているのだから、任意の協力金まで支払わなくてもいいだろう」となってしまうのではないだろうか。

そのほか、吉田ルートでの入山規制を受け、静岡県側のルートで登山者が増えることも予測される。とくに吉田ルートに次いで人気の高い富士宮ルートは、4コース中でコースタイムがいちばん短いということもあって、今シーズンは登山者が集中するかもしれない。

ただ、静岡県側でも富士山のオーバーツーリズムは深刻な問題となっており、通行料の徴収や人数規制は行なわないものの、「富士登山事前登録システム」による入山管理を試行することになった(静岡県側の登山期間は7月10日〜9月10日)。このシステムは、前述の富士登山オフィシャルサイトより登山計画を登録し、事前に富士登山のルールとマナーをインターネットで学習するもの。登録完了後にはQRコードがメールで届き、これを現地でスタッフが確認するとリストバンドが配布され、登山がスムーズにできるようになる。事前登録を行なっていない者は、各ルートの登山口でビデオ視聴などによる登山前講習を受けなければならない。また、富士山保全協力金への理解を求めるとともに、山小屋を予約していない16時以降の入山者には登山の自粛を要請するという。

登山の自由を損なう過度な規制や管理を憂慮する

このように、富士山を抱える山梨県と静岡県は、方策は違えど、オーバーツーリズムがもたらす諸問題を解決するための取り組みを今シーズンより開始する。本稿が公開されるころにはすでに富士山は開山しており、新しい入山規制や入山管理に対する評価も出はじめているだろう。もちろん最初からすべてがうまくいくはずはないし、ここで指摘した懸念をはじめ、さまざまな課題が今後、浮き彫りになっていくものと思う。しかし大事なのは、それらを批判するのではなく、どう改善して、今後に活かしていくかだ。

昨年の富士山の登山者数は、4ルート併せて約22万人だった。コロナ禍により閉山した2020年を除き、ここ30年ほどでいちばん少なかったのは21年の約7万8000人。その後は増加に転じ、コロナ禍前の水準にもどりつつある。いったいどれぐらいが適正人数なのかはわからないが、世界文化遺産登録以前より山頂付近の大渋滞、環境へのダメージ、遭難事故の多発などが問題となっていたことから、多すぎるのは明白であり、入山者数を制限するのは仕方がないと感じる。

ただ、あくまで個人的な考えだが、心配なのは過度な規制や管理によって、富士山がおもしろみのない画一的な山になってしまうのではないか、ということだ。

たとえば、今回の山梨県や静岡県の規制・管理を見ると、まず山小屋での宿泊ありきの登山を大前提としているように思えてならない。しかし、富士山は日帰りで登れる山であり、体力に自信があるなら必ずしも山小屋に泊まる必要はない。宿泊を伴わず、夜間に歩き出して一気に山頂を目指す弾丸登山が批判の的となっているが、山小屋に泊まったって0時ごろに出発するなら、大した違いはないだろう。私はこれまで富士山に6、7回登っているが、山小屋に泊まったことはなく、登山口に停めた車の中で仮眠をとり、夜中から歩き出して日帰りで登ってくるというスタイルが多かった。それを「弾丸登山だ」と批判されるとしたなら、かなり違和感を覚える。

登山道が通行止めとなる登山期間以外の登山者についても、世間一般的には「けしからん」と思われ、マスコミも「ルールを守らない悪人」扱いをする。とくに今年は開山直前の6月下旬に、静岡県側の火口付近で登山者3人の遺体が見つかり、吉田ルートの八合目でもプロクライマーが心疾患と思われる死因で亡くなったことから、閉山期間中に登山することへの批判がより高まっている。

しかし、2013年に策定された「富士登山における安全確保のためのガイドライン」が登山禁止とするのは「万全な準備をしない登山者」であり、「充分な技術・経験・知識としっかりとした装備・計画を持った者の登山は妨げるものではない」としている。それを履き違えて、閉山期間中の登山者すべてを悪だと勘違いしている人が、あまりに多い。

富士山でもよく見かけるトレイルランナーを「軽装登山だ」と批判するのもおかしいし、富士吉田市が主催、山梨県が後援する「富士登山競走」の参加者はみんな軽装だ。そもそも、富士山麓から山頂までの標高差約3000メートルを一気に駆け上がるこのレースこそ、究極の弾丸登山ではないだろうか。

自然環境保全のため、登山者の安全を確保するために、ある程度の規制や管理をかけるのは当然だと思う。しかし、登山本来の〝自由さ〟を著しく束縛するものであってはならない。

日本のシンボル的存在である富士山が、規制や管理によってがんじがらめにされる、窮屈な山にだけはなってほしくはないと、切に願う。

羽根田 治(はねだ おさむ)

1961年埼玉県生まれ。那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術の記事を山岳雑誌などで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『ドキュメント 生還』『人を襲うクマ』『山岳遭難の傷痕』(以上、山と渓谷社)など著書多数。近著に『山はおそろしい 』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)、『これで死ぬ 』(山と渓谷社)がある。

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