オサムの“遭難に遭う前に、そして遭ったら”|各地で相次ぐ高齢登山者のリスクマネジメントは

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多発する高齢者の遭難事故

山岳遭難事故のニュースをチェックしていて最近つくづく感じるのは、「高齢者の事故が多いなあ」ということだ。
警察庁が発表した今夏(7〜8月の2ヶ月間)の遭難者数は736人だったが、これを年齢層別で見ると、最も多かったのが70歳代で166人(22.6%)、次いで60歳代の164人(22.3%)となっている。60歳以上の遭難者は全体のおよそ半分の361人(49%)だったが、数字以上に多くの高齢者、とくに60歳代、70歳代が遭難している印象を受けた。
それは夏山シーズン後も続いていて、秋の紅葉シーズンを迎えた今も高齢者の遭難事故が目立つ。そして高齢者による遭難事故要因の大半が、転倒、疲労、道迷いの3つであることも特徴的だ。

たとえばこの10月だけを振り返ってみても、鳥取県の大山では80代の男性が登山中に足を滑らせ、それを受け止めようとした81歳の妻もいっしょに転倒してしまうという事故が起きた。妻は肋骨と股関節を骨折する重傷だったという。八ヶ岳連峰の赤岳では73歳の男性が、北アルプスの爺ヶ岳では68歳男性が、小蓮華山では70歳女性が、転倒によってそれぞれ手首や足首、鎖骨を折る事故も起きている。
道迷い関連の事故では、81歳の男性単独行者が白馬岳の三国境付近を下山中に道に迷って行動不能となり救助を要請、翌日に救助された。このほか、新潟県の弥彦山では60代の単独行男性が、八ヶ岳連峰稲子岳付近では60代の夫婦が、長野県伊那市の守屋山では60代の女性2人パーティがそれぞれ道に迷ったものの、それぞれ無事救出されている。 また、疲労や体調不良による救助要請もあとを絶たず、奥穂高岳では10月3日、山頂付近で体調不良を訴えた77歳男性が心肺停止となって命を落とすという事故があった。

年寄りは遭難しやすい?

もちろん、高齢者ではない年齢層による遭難事故も発生しているが、全体的に高齢者の事故が多いという印象は否めない。それは私個人の主観なのかもしれないが、「歳をとればとるほど遭難しやすくなる」というデータ的な裏付けはある。
ちょっと古い資料になるが、長野県山岳総合センターと長野県山岳遭難防止対策協会は、2015年に「高年登山者の傾向と対策 〜過去の体力 過去のもの〜」と題した資料を発表した。そのなかにあるのが、2013年7〜9月の長野県下における登山者と遭難者の年齢分布を調査した統計だ。
これによると、たとえば30歳代の登山年齢分布は20%(5人にひとり)なのに対し、遭難年齢分布は6%(約17人にひとり)となっている。一方、60歳代をみてみると、登山年齢分布は23.2%(約4.3人にひとり)、遭難年齢分布は40.4%(約2.5人にひとり)。70歳代では、登山年齢分布は5.2%(約20人にひとり)、遭難年齢分布は17.2%(約6人にひとり)である。
つまり、登山者数に対する遭難者数の割合は年齢が上がるにつれて高くなり、とくに60歳代や70歳代では遭難する確率はかなり高いことがうかがえる。

また、この資料では「遭難年齢分布率÷登山年齢分布率」を「遭難のしやすさ」と定義して数値化していることも興味深い。その数値はグラフに示したとおりだが、やはり20歳代以降は加齢とともに遭難しやすくなることが読み取れる。ただ、20歳代と30歳代、および40歳代と50歳代にはほとんど差はない。逆に30歳代から40歳代になるとき、50歳代から60歳代になるとき、そして60歳代から70歳代になるときに数値は大きく上がっている。40歳、60歳、70歳を迎えた人は要注意と自覚したほうがいいだろう。

この類の統計はおそらくほかになく、長野県という限定的なエリアにおける一時的かつ短期間のデータなので、これを根拠として「高齢者ほど遭難しやすい」と結論づけるのは早計かもしれない。ただ、全国から登山者が集中するエリアにおけるハイシーズン中のデータであることから、信頼性は決して低くないと思う。

登山年齢と遭難年齢の分布(2013年7月~9月)

遭難のしやすさ(遭難年齢分布率÷登山年齢分布率)

*「高齢登山者の傾向と対策~過去の体力 過去のもの~」
(長野県山岳総合センター、長野県山岳遭難防止対策協会)より

若いころのようには登れない

そもそも、データ的な根拠云々以前に、誰しも歳をとるに従い体力や健康状態が低下するのは自然の摂理である。日常的なトレーニングによって、ある程度維持することはできるが、それでも限界はあり、若いころと同等にすることはできない。
私自身、還暦を越したころから体力が衰えたことを切実に認識せざるをえなくなった。以前は標準コースタイムよりも速いペースで歩けていたのに、今はそれを上回るようになっている。登りや下りが長く続くと、膝が痛くなったり太腿の筋肉が攣りそうになったりするので、長時間の行動はもう無理かもしれない。段差で足が上がっておらず蹴っ躓くこともしばしば。不安定な場所でバランスを崩したりしてヒヤッとすることも多くなった。
だから、多発する高齢者の遭難事故は決して人ごとではない。「明日は我が身かもしれない」という思いはどこかにあり、潜在的に遭難するリスクが高まっていることは常々感じている。

それでも疲労や体調不良による事故は、まだ予防のしようがある。よく言われるように、自分の体力や技術に合った山・コースを選ぶようにし、計画に余裕を持たせて一日の行動時間を短めに設定すれば、行動不能に陥るほど疲労困憊することはまず起こらない。そのためには自分の力量を客観的に評価する必要があるが、もともと体力も技術も大したことはないと思っているので、過大評価することもない。体調がすぐれなければ、無理せずにさっさと撤退するから、今のところ深刻な状況に陥らずにすんでいる。昔、登山中に熱中症を発症して痛い目に遭った経験が、そんなところにも役立っているのだろう。
道迷いについては、登山用の地図アプリを活用することで未然に防げている。まだ地図アプリを使っていなかった時代は、臆病な性格が幸いし、ちょっとでも「あれ、おかしいな」と感じたらすぐに引き返していたので、道迷いの深みにハマることはなかった。地図アプリを使いこなし、「変だ」と感じた時点で引き返すことを実践していれば、道迷い遭難はかなり高い確率で防げると思う。

転倒を予防するのは難しい?

問題は転倒である。さる10月6日、上皇后の美智子さまが住まいで転倒し、大腿骨を骨折したというニュースが大きく報道された。その影響だろうか、日常生活において高齢者が自宅などで転倒してケガをしたというニュースを、近ごろよく見かけるようになった。
日本理学療法士協会が刊行する理学療法ハンドブックシリーズの『転倒予防』によると、国内では65歳以上の高齢者が3秒にひとりの割合で転倒しており、1分に1人が骨折しているという。日常生活においてでさえ、それほど多くの転倒事故が起きているのである。まして山には緩急のついた起伏だけでなく、岩や石、立木や倒木、木の根などの障害物があちこちにあり、しかもそんな登山道を長時間歩くのだから、登山中の転倒事故が多いのも当然といえる。
前出のハンドブックには、転倒を引き起こす要因として、バランス能力や歩行能力、筋力の低下以外に、認知・視覚・聴覚機能の衰え、各種疾患などが挙げられているが、これは登山も同様だろう。若いころならば、石につまずいてバランスを崩しそうになってもどうにか踏みとどまれるが、バランス能力や筋力が低下した高齢者は、足の踏ん張りがきかずに呆気なく転倒してしてしまう。それはそれで仕方のないことなのだが。

では、転ばないようにするにはどうしたらいいのだろうか。
高齢者は、個人差はあれ身体の機能が衰えているので、自分が思っている動きと現実の動きに齟齬が生じやすい。段差で躓いてしまうのがいい例だ。つまり、加齢によって転びやすくなっているのは間違いないことであり、大事なのはまずそれを受け入れることだろう。
そのうえで、低下しているバランス能力や体幹、筋力などを刺激するトレーニングを日常的に継続するしかない。続けたからといって、すぐに効果が現れるものではないだろうが、やらないよりはマシだ。あとは、正しい歩行技術を身につける、転倒しそうなリスクをいち早く察知して回避する、転倒の要注意箇所では気を抜かない、といったことぐらいか。それでもなかなか防ぎきれないのが、転倒事故の厄介なところである。

なお、最近「時事メディカル」というサイトに掲載された記事によると、段差につまずいて転倒することを防ぐために、必要以上に高く足を上げる癖のある人は、状況に応じて動作を柔軟に調整する能力が低下し、結果的に転倒しやすくなる可能性があるとのことである。これは高齢者と若者を対象とした実験によって判明したことだそうだ。
つまずきたくないから足を高く上げるのに、それが転倒しやすくなることにつながるというのなら、我々はいったいどうすればいいのだろう? どなたか教えていただきたい。

羽根田 治(はねだ おさむ)

1961年埼玉県生まれ。那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術の記事を山岳雑誌などで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『ドキュメント 生還』『人を襲うクマ』『山岳遭難の傷痕』(以上、山と渓谷社)など著書多数。近著に『山はおそろしい 』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)、『これで死ぬ 』『ドキュメント 生還2 』(山と渓谷社)がある。

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