オサムの“遭難に遭う前に、そして遭ったら”|パーティのメンバーが離れ離れになる危険性。なぜ仲間といっしょに登るのか。
登山開始前にリーダーが行方不明に
パーティを組んでの登山中に、メンバーが離れ離れになって遭難してしまうという事故があとを絶たない。こうした事例は昔から散見されていたが、とくに十数年前ごろから少しずつ増えてきているような気がする。
ちょっと資料を調べてみたら、古い話なのですっかり忘れていたが、埼玉県警山岳救助隊の隊員から聞いたこんな事例があった。それは2011年10月10日のこと。奥秩父の熊倉山に登るため、4人パーティが登山口へ向かう車道をたどっていたが、間もなくして最年長の64歳のリーダーが遅れがちになり、「先に行ってくれ」ということでほかのメンバーが先行することになった。ところが、日野コースの登山口に着いてしばらく待っても、なかなかリーダーはやってこない。そこへたまたま山岳救助隊員がパトカーで通りかかったので、「リーダーがいなくなっちゃいました」と届け出た。その後、現場へ駆けつけようとしていた応援の隊員から、「ひとりで歩いていたおじいさんを保護した」という連絡が入った。それが行方不明となっていたリーダーだった。彼は途中でルートを誤り、宗屋敷尾根というまったく違うルートを登っていこうとしていたらしい。話をしてくれた隊員は、「登山口で遭難の受理をしたのも、遭難現場が登山口に着く前だったのも初めて」と言って笑っていたことを思い出す。
仲間がはぐれたことによる死亡事例
このように笑い話で済んでいるうちはまだいいが、離れ離れになったことで最悪の結果を招いてしまうケースも少なくない。
2013年1月3日、父親と娘(26歳)の2人連れが、静岡県藤枝市にある標高526mの石谷山(びく石)をハイキングで訪れた。しかし、山麓の駐車場から1時間ほど歩いたところにある森のなかの広場で、娘がはぐれてしまったことから、父親が110番通報して捜索が開始された。彼女が心肺停止の状態で発見されたのは翌朝のこと。場所は広場から約400m離れた水深数㎝の沢のなかで、死因は低体温症だった。女性が沢に落ちた形跡はなく、森のなかで父親とはぐれたあと、山中を彷徨っているうちに寒さで動けなくなり、そのまま息を引き取ってしまったようだ。
近年の事例では2022年7月3日、長野県上田市の独鈷山(1266m)で、日帰りの予定で夫と入山した60歳の女性が、下山中にはぐれて行方不明となった。女性は携帯電話を持っていたが、電話をかけても応答はなく、翌朝、登山道から外れた急斜面で倒れているのが発見され、その後、死亡が確認された。外傷があることから、道に迷って滑落したものとみられている。
また、岐阜県岐阜市の中心部に位置する標高329mの金華山では2023年2月12日、20人のグループが「七曲り登山道」を登山中、山頂付近に近づいた午前11時ごろに66歳男性が「先に行く」と言って、ひとり山頂に向かって走り出していった。仲間があとを追ったが見失い、12時を過ぎても見つからなかったことから、いっしょに参加していた妻が警察に届け出た。その日から警察による捜索が始まったが発見できず、およそ2ヶ月半後の4月28日になって、金華山で草刈りをしていた岐阜市の職員が白骨化した遺体を発見した。その後、DNA鑑定やウェアなどから、行方不明になっていた男性であることが判明したが、目立った損傷や着衣の乱れはなく、死因はわかっていない。
さらに2023年11月22日、那須連峰の茶臼岳(1915m)に登った女性2人のうち、71歳の女性がロープウェイ山頂駅へ下る途中ではぐれ、行方がわからなくなった。同行者からの届け出により、その日の夕方から警察や消防による捜索が始まり、翌朝10時前、ロープウェイ山麓駅から西に約500mの地点で意識不明の状態で見つかったが、搬送先の病院で死亡が確認された。死因は低体温症だった。
離れ離れにならないために
上記はほんの一例であり、幸い命を落とさずに済んだ事例も含めれば、パーティの仲間がはぐれることによる遭難事故は近年増えているように感じる。ただ、新聞やテレビなどの報道では、どういう状況や経緯ではぐれてしまったのかがわからない。そこまで検証できれば、陥りやすい落とし穴が見えてくるのではないかと思うのだが、なかなか詳細にまでは踏み込めない。
ひとつのパーティが分裂してしまって別行動をとるのがリスキーであることは間違いない。事故を未然に防ぐための最善策は、パーティをばらばらにさせないことに尽きる。
しかし、登山中にウェアを着脱したり、靴紐を締め直したり、写真を撮るなどして誰かが遅れがちになるのは、よくある話だ。歩くペースの違いから足並みが揃わずに、仲間同士の間で間隔が開いてしまうのも珍しいことではない。そもそも、一糸乱れぬ隊列を組んで同じペースで歩いているパーティをさがすほうが難しい。
だからある程度、間隔が開いてしまうのは仕方のないことであり、このような場合、先行者がどこかで立ち止まって後続者が追いつくのを待ち、それを繰り返しながら目的地にたどり着くというのが一般的な対処だろう。ただ、先行者が途中で待つことをせず、その日の目的地まで一気に行ってしまうのは問題だ。同じパーティなのに、先行者から1時間も遅れて宿泊する山小屋に到着するというようなケースは、やはりマズい。もし後続者になにかアクシデントがあった場合、先行者はそれに気づかないから対処のしようがなく、最悪、助かる命が助からなくなってしまうことだって起こりうる。
そうならないようにするためには、お互いの姿が常に目視できる距離を保ちながら行動することだ。地形や天候などの影響で後続者の姿が見えなくなったら、先行者はその場で立ち止まって、追いついてくるのを待つ。なかなか姿を現さなかったら、引き返して様子を見にいく。それができないなら、パーティを組む意味がない。
登山地図アプリの「グループ位置共有」機能の有効性は?
ところで、先ごろ登山地図アプリ「YAMAP」に画期的な機能が追加されたのをご存知だろうか。登山中に同行者の現在地を確認できる「グループ位置共有」機能である。これは、登山を開始するときに、リーダーがアプリ上でグループを作成し、メンバーはグループのQRコードをアプリで読み取ってグループに参加することで、登山中にほかのメンバーがどこにいるのか、アプリの地図上で確認することができるというもの。この機能のメリットについて、YAMAPのウェブサイトでは次のように述べている。
〈グループ位置共有を利用していれば、離れてしまったメンバーの位置を簡単に確認でき、別行動となったメンバーが下山するのを見届けたり、離れたメンバーが合流するまで安心して待ったりすることができます〉
たしかに、仲間の姿が目視で確認できないほど距離が開いてしまっても、このアプリを見てあとに続いていることがわかれば、不安に駆られずにすむ。もし仲間の位置に動きがない場合は、なにかアクシンデントが起きたかもしれないと考えて、引き返して合流すればいい。ちょっと目を離した隙に子供がいなくなってしまったり、悪天候により仲間の姿を見失ってしまった場合などにも、迅速に対処すれば危険な状況に陥る前に合流することができる。離れていてもメンバー全員がお互いの位置や動きを確認できるこの機能は、使い方次第では便利で役に立ちそうである。
だが一方で、この機能を使うことを前提として、入山がバラバラになったり、いっしょに行動せずにそれぞれが好きなようにマイペースで行動したり、といったようなことが起きる可能性も考えられる。もしそうなれば、メンバーの動きは把握できたとしても、また違ったリスクが生じてくるだろう。
今は、SNSで募集した見知らぬ者同士がパーティを組んで山に行く時代である。もしかしたら、パーティとは名ばかりで、個々のメンバーがバラバラに行動するような登山がすでに行なわれているのかもしれない。そんな登山には、危うさと無責任さしか感じられない。
遭難事故を防ぐために開発された新たな技術を活かすも殺すも、結局は使い手がどう使うかによるのだ思う。この機能をうまく活用するためにも、パーティを組むこと、仲間といっしょに山に登ることの根本的な意味を今一度考えてみてはいかがだろうか。
羽根田 治(はねだ おさむ)
1961年埼玉県生まれ。那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術の記事を山岳雑誌などで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『ドキュメント 生還』『人を襲うクマ』『山岳遭難の傷痕』(以上、山と渓谷社)など著書多数。近著に『山はおそろしい 』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)、『これで死ぬ 』(山と渓谷社)がある。