オサムの“遭難に遭う前に、そして遭ったら”|昨今のバックカントリー批判に思うこと
YouTubeに投稿された間一髪動画
雪が舞うなか、滑走を始める男性スキーヤー。広く緩やかな尾根から左手の疎林の斜面に入り、パウダーを巻き上げながら、心地よさそうに滑り降りていく。
だが、木立のない小さな沢状地形に入ってすぐ、「あ、危ない。ストップストップ!」と声を上げ、雪の上に体を倒して停止した。目の前には細いクラック(雪面の割れ目)が走っていた。そこに、うしろから勢いよく滑走してきた仲間のスキーヤーが、倒れ込みながら突っ込んだ。直後にスラフ(小規模な点発生表層雪崩)が起こり、雪煙が上がってクラックに落ちたスキーヤーを埋没させた。
幸いだったのは、埋没者のスキーが雪面の上に出ていたことだ。すぐに仲間がその場所に駆け付け、ほかの仲間に「ヤバい、埋まった」「早く掘って―」などと声を掛けながら、ザックからシャベルを取り出して雪を掘り起こしはじめた。
間もなく雪の中から手が突き出され、続いて顔も現れた。埋没者は意識を失っておらず、埋没してからおよそ4分後には掘り出された。間一髪で助けられた男性は、開口一番、仲間にこう言った。
「ありがとう。死んだと思った。まじ死んだと思った」
上記は、先日YouTubeに投稿された『2023 2 12スキー滑走中クラックに落下、直後に流れてきたスラフに埋没』という動画の内容である。投稿者は、動画の概要欄に次のように記している。
「何回も滑っている標高500m程の低山で、滑走中に友人がクラックに落ち、直後にスラフが上から流れてきて全身埋没。
無我夢中で友人を掘り出して救出。
怪我も無く自力で下山。
自分の行動があっていたかどうかは分かりませんが、友人の命が助かった事で、今は安堵の気持ちでいっぱいです。
雪山では何が起こるか分かりません。
一つの事例として動画で記録が残せたので、雪山を滑る人の参考にしていただきたいと思い投稿いたします」
この動画を見て改めて感じたのは、バックカントリーの怖さだ。滑走していた斜面は、べつだん危なそうには見えず、スキーヤーは快適そうに滑りを楽しんでいた。だが、そこに文字どおりの落とし穴が潜んでいた。
管理されたスキー場だったら、滑走する斜面にクラックがあったり、スラフが起きたりすることはまずありえない。しかし、自然の状態のままの雪山を滑るバックカントリーでは、ゲレンデでは考えられないようなことが、往々にして起こりうる。
動画でははっきりわからなかったが、埋没した深さは1メートルあるかないかぐらいだろうか。雪質も軽そうで、スキー板の一部も雪面から出ていたが、埋没者はまったく身動きができないようだった。彼が、もし仲間と離れて滑っていて、埋没したことに誰も気づかなかったとしたら。あるいは命を落としていたかもしれない。
このケースでは、仲間が埋没を目撃していたこと、埋没地点がすぐに特定できたこと、そして迅速かつ適切に救助活動を行なったことが、埋没者の生還に繋がった。
生死を左右するリスクがあちこちに潜んでいるバックカントリーでは、リスクに備えることがいかに重要かを再認識させられた動画であった。
多発する事故と報道ニュースのミスリード
さて、今シーズンは、例年にも増してバックカントリーでの事故が目立つ。仕事柄、遭難事故関連のニュースは定期的にチェックするようにしているが、1月中旬以降は、ほぼ毎日のようにバックカントリー関連の事故のニュースが報道されている。
その影響だろう、世間一般のバックカントリーに対する昨今の風当たりはかなり冷ややかだ。目立つのは、「危険であることを承知しながらやっているのだから、すべては自己責任。たとえ遭難したとしても自業自得。税金を使って助ける必要はない」という論調である。
しかし、事故を伝える報道には、スキー場の「立入(滑走)禁止区域」と、スキー場の管理区域外であるバックカントリーエリアが混同しているものが多い。つまり、スキー場が立入禁止としているエリアに勝手に入り込んで滑る(これを「コース外滑走」という)なんてケシカラン、というわけである。
また、バックカントリーエリアはスキー場に隣接しているところが多いせいか、「なんの準備も心構えもなく、安易にスキー場外に飛び出していって遭難している」といった偏見も少なくないように感じられる。
だが、バックカントリーはあくまで自然のままの雪山を滑走するものであり、原則的に誰でも自由に滑ることができる。スキー場内の立入禁止エリアを滑るコース外滑走とはまったく別物なのだから、「ルール違反だ」と批判されるのはお門違いだ。
そしてまた、前述したようにバックカントリーには管理されたスキー場にはないさまざまなリスクが存在するので、愛好者はそれを認識したうえで、必要な知識とスキル、体力、装備を備えてフィールドに飛び出していっている。先の動画で、埋没した仲間を迅速に助け出すことができたのが、そのいい例だろう。
バックカントリー愛好者へのバッシング
私自身、下手くそながらバックカントリーを楽しんでいるので、巷に流布している誤解や偏見を解きたいという思いから、バックカントリーとその愛好者を擁護する内容の記事を、先日、文春オンラインに寄稿した。
しかし、記事に対する反応は、こちらの思惑とは裏腹に、批判的なものがほとんどだった。とくに記事が転載された「Yahoo! ニュース」のコメント欄には、「コース外滑走もバックカントリーも同じ。危険な場所に入り込んで遭難し、救助を要請することが問題」「危険を承知でやっているのだから、捜索・救助は必要ない」「救助する人の命まで危険に晒してしまう趣味ってどうなんだ」「バックカントリーは危険な遊びだから、救助費用は全額自己負担。税金でカバーするな」「勝手に行って山岳救助隊などに迷惑をかけている。やってることは迷惑ユーチューバーと変わらない」などなど、これでもかというぐらいの批判が殺到した。
いやはや、バックカントリー愛好者がこれほどまでに敵視されているとは、正直、意外だった。どうも世間一般からは、「自ら危険な場所に飛び込んでいって、あちこちに迷惑をかけまくっている、理解不能なヤバいヤツら」と見られているようだということを、この件を通して理解した(もしかしたらバックカントリーにはエクストリームスキーのようなイメージがあるのかもしれない)。そんな輩を助けるために税金が使われ、当事者の自己負担はゼロ、という現状に対して大きな不満があることも見えてきた。
たしかに、バックカントリーにかぎらず、登山は原則、自己責任で行なうものである。万一、遭難したときには、捜索・救助費用は自己負担すべきだという意見にも、異を唱えるつもりはない。「救助する者までを危険にさらす」という指摘もそのとおりだと思う(付け加えるなら、二重遭難を起こさないために、彼らも決して無理はしない。命に危険が及ぶと判断すれば、ただちに捜索・救助を打ち切り、雪解けを待つなどの安全策をとるはずだ)。
求められる事故防止への取り組み
ただ、バックカントリーでの事故が多発しているのは間違いなく、騒がれ批判されるのも仕方がない。急務となるのは、事故を予防するための取り組みだろう。
もちろん、ヒューマンエラーを完封することは不可能なので、たとえ経験豊富な者が準備万端整えたとしても、油断や判断ミスによって事故が起きてしまうことはある。
だが、起こさずにすむ事故――たとえばスキー場のゲレンデを滑るのと同じ感覚でバックカントリーへ飛び出していく者たちによる事故――については未然に防ぐことができるはずだ。
先に、「バックカントリー愛好者は、雪山のリスクを認識し、知識とスキル、装備などを整えている」と述べたが、これだけ事故が多発している現状を見ると、知識や技術もなく興味本位でバックカントリーへ飛び出していく者がいることは否定できなさそうだ。
文春オンラインの記事に寄せられたコメントのなかには、「見様見真似でバックカントリーを行なっている者も多く存在することも事実」「軽装だったり事前調査がなかったりする人たちによって事故が起きている」といった批判もあった。
バックカントリーとひとことでいっても、スキー場に隣接する管理区域外の斜面を滑走するサイドカントリーから、雪山登山の一手段としてスキーを活用するもの、クラシックルートをたどるスキーツアー、そして急峻なルンゼなどのエクストリーム的な滑降まで、スタイルはさまざまだ。エリアにも地域によって特性があり、当然、愛好者の力量も千差万別である。
事故防止対策をとるならば、画一的なものではなく、それぞれに即した対策が必要となろう。それが啓発なのか指導なのか、あるいは規制なのか罰則なのかはわからないが、この先も事故発生に歯止めがかからないのであれば、関係機関・団体らが協議し、なんらかの方策をとる段階にきているのではないだろうか。
羽根田 治(はねだ おさむ)
1961年埼玉県生まれ。那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術の記事を山岳雑誌などで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『ドキュメント 生還』『人を襲うクマ』『山岳遭難の傷痕』(以上、山と渓谷社)など著書多数。近著に『山はおそろしい 』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)がある。