羽根田治の安全登山通信|冬山登山者へ

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冬山シーズンを目前に控え、北アルプスや北海道の山などからはすでに雪の便りも届きはじめているが、気になるのが今冬の積雪状況だ。11月25日に発表された気象庁の3ヶ月予報によると、12〜2月は寒気の南下が弱く、冬型の気圧配置が長続きしないため、気温は全国的に平年並か高くなると見られ、北・東・西日本日本海側の降雪量および北・東日本日本海側の降水量は平年並か少ない見込みとのこと。雪山登山者やバックカントリー愛好者にはちょっと気掛かりな予報となっている。
昨シーズンは全国的にかなりの暖冬・少雪となったが、はたして今シーズンはどうか。近年は暖冬傾向といわれながらも、年によっては低温・大雪となることもあり、こればかりは蓋を開けてみないことにはなんともいえない。いずれにしても、冬山に行く以上、気象傾向と天気予報はしっかりチェックしたい。

悪天候時には計画の変更・中止を

夏山に比べて自然条件がいちだんと厳しくなる冬山には、夏山以上にさまざまなリスクが潜んでいる。そしてそのリスクを2倍3倍にも増大させるのが悪天候である。とくに降雪と強風がセットになった吹雪は非常に危険だ。体を叩く雪と風は体温を奪い、低体温症や凍傷をもたらす。吹雪による視界不良はルートミスを引き起こし、転滑落を誘発する。さらに風下側に吹き溜まった雪は雪崩の発生区にもなりうる。
以下、冬に注意を要する気圧配置をいくつか挙げておく。

●西高東低
大陸に高気圧、太平洋に低気圧がある代表的な冬型の気圧配置。冬型が強まると、日本海側の山は脊梁山脈を中心に暴風雪が吹き荒れ、登山には非常に厳しい状況となる。

●南岸低気圧
低気圧が発達しながら日本列島の南岸沿いに進む気圧配置。冬から春にかけてよく見られ、太平洋側の地域に雨や雪をもたらす。里山や低山で大雪になることも珍しくない。

●日本海低気圧
日本海を東〜北東方向に進んでいく低気圧。気温が上がり、「春一番」や春の嵐をもたらす。標高の高い山でも雨になることがあり、雪崩の危険が高まる。通過後は北から寒気が入って山は猛吹雪となる。

●二つ玉低気圧
日本海低気圧と南岸低気圧が発達しながら同時に進行する気圧配置で、山は大荒れの天候となる。通過後に日本の東海上でひとつにまとまるとさらに発達し、一時的に冬型の気圧配置が強まって日本海側の地方は大雪や暴風雪に見舞われる。

冬山登山の計画を立てる際には、1週間ほど前から天気予報をチェックし、上記のような気圧配置をはじめとして悪天候になる兆しがある場合は、無理せずに計画を中止・延期したほうがいい。冬山での遭難事故の多くは悪天候のときに起きているので、むざむざ危険をおかすことはない。すでに休暇をとっていて、どうしても山に行きたいというのなら、天気のよさそうなエリアの山に計画を変更するのが賢明だ。

雪崩——慣例や過去のデータを鵜呑みにしない

雪山の最も大きなリスクのひとつが雪崩である。雪崩の発生しやすい斜面は35〜45度といわれているが、同じ40度の斜面でも雪崩が発生するかしないかは雪質や積雪状態、気温、斜面の向き、風向きなどにもよる。そういう意味で雪崩の発生を事前に予測するのは容易ではなく、雪山で遊ぶ以上、雪崩を100%回避することは不可能である。
しかし、雪崩に遭遇する確率を下げる方法はいくつかある。そのひとつが、雪崩のリスクが比較的少ないセーフティゾーンをつなぐようにして登り下りすること。セーフティゾーンとなるのは、樹林帯や緩斜面、緩やかな尾根など。雪山の一般登山ルートは、ほぼこのようなセーフティゾーンをつないでつけられている。
逆に雪崩の危険が高いのは沢状地形や急斜面、木立がまばらなオープンバーン、尾根の風下側の斜面など。バックカントリーのように自分たちでルートを選択しながら行動する場合は、雪崩の危険が高い地形を極力避けながらルートどりをする必要がある。もしどうしても危険な場所を通らなければならないときは、万一雪崩が発生したときに被害を最小限に抑えるため、ひとりずつもしくは適度な間隔を開けて慎重かつスピーディに通過すること。リスクの高い場所に一度に何人もの登山者が入り込むのは絶対に避けたい。
また、セーフティゾーンといえども、絶対に安全だとはかぎらない。それまで安全だとされていた雪山の一般登山道上でも雪崩事故は起きている。樹林帯のなかであっても、上部にオープンバーンがあり、そこで大きな雪崩が発生して樹林帯のなかにまで押し寄せてきたら、雪崩に流されるだけではなく樹林に激突して致命傷を負ってしまう。
もうひとつの雪崩の回避策は、気象変化に注意を払うこと。「ドカ雪」「強風」「急激な気温の上昇」など、極端な気象現象あるいは気象変化は、雪崩のリスクを高める要因となる。たとえば雪が何日も降り続いている場合は、降り積もった雪の重みによって積雪に大きなストレスがかかっているので、リスクはかなり高まっているものと考えたほうがいい。
風が強いときも要注意だ。強風下では積もっている雪が風下側に運ばれ、ウインドスラブと呼ばれる雪の層を形成する。このウインドスラブに衝撃が加わるとガラスがひび割れるようにスラブが崩壊し、雪崩が起きてしまう。
そのほか、急激に気温が上昇したときや、強い日差しとなったとき、冬なのに雨が降ったときなどにも充分に注意を払いたい。
こと雪崩に関しては、警戒しすぎるに越したことはない。実際、昔から安全とされてきたルートや場所で、何件もの雪崩事故が起きている。50年に1回、100年に1回という割合で起きることだってある。慣例や過去のデータを鵜呑みにせず、「前例がないから」といった思い込みは捨てるべきだ。なにより重要なのは、気象状況や気象変化、現地の積雪状態、地形などを注意深く観察し、さまざまな情報から雪崩のリスクを読み取って自分で判断することである。
なお、雪崩対策のための三種の神器と呼ばれるビーコン、プローブ、シャベルは、バックカントリー愛好者だけではなく登山者も必ず持つようにしたい。使い方については、雪崩講習会に参加するなどして習熟しておくこと。ただし、「ビーコンを持っていれば安心」と考えるのは間違い。これらはあくまで雪崩に巻き込まれたときに生還する確率を上げるためのアイテムであり、携行しているからといって雪崩を回避できるわけではない。

風対策を万全に

低体温症や凍傷の大きな要因のひとつとなっているのが風。たとえば、汗や雨・雪などでウェアが濡れたまま、強い風のなかで行動を続けると、いずれ低体温症に陥ってしまう。凍傷は、強風下で長い間、肌を露出していたり、濡れた手袋や靴下をつけたまま行動したりすることで起こりやすい。冬山には強風がつきものなので、風対策を万全にしておく必要がある。
まず考えなければならないのは肌の露出部の保護。とくに手の指や耳、鼻、頬などは凍傷になりやすいため、肌の露出を極力抑え、風が直接当たらないようにすることが重要だ。頭部や顔は帽子、バラクラバ、ゴーグル、ネックウォーマーなどで保護し、手にはアウター付の手袋を付ける。インナー手袋を併用すれば、ザックの開け閉めなどのときに素手にならずにすむ。また、手袋や靴下、バラクバラはなるべく濡らさないようにし、予備も必ず持とう。
低体温症を予防するための暴風対策は、レイヤリングによって体を保温したうえで、いちばん上にはアウターを着込む。風は襟や袖からも侵入してくるので、フードをすっぽりと被ってドローコードを締め、フロント部のジッパーはいちばん上まで上げておくこと。袖のベルクロテープはしっかり締めて止め、裾のドローコードも絞っておく。
休憩するときは、風上側を避け、なるべく風当たりのないところで休もう。ツエルトを被って休めば、風も避けられるし保温効果もあるので、積極的に活用するといい。
過去の冬山での遭難事故では、いちばん風当たりの強い吹きさらしの稜線上で力尽きて倒れるというケースが少なくない。山によって強い風が吹き抜ける場所はだいたい決まっているので(鞍部や稜線など)、事前に調べておいて、そういう場所では休憩を取ったりせずにさっさと通過してしまうことも大事だ。
なお、風を避けるために風下側に入るときは、雪庇に注意すること。うっかりその上に乗ろうものなら、衝撃で雪庇が崩壊し、反対側の斜面に転がり落ちていってしまう。

ナビゲーションツールでルートミスを防ぐ

雪山でのルートミスは、吹雪やガスなどの悪天候時に起こりやすい。激しい降雪は瞬く間にトレースを消し、視界が白一色になるホワイトアウトのときは方向感覚さえ麻痺してしまう。そんな状況下で無理して行動すると、いたずらに体力を消耗するだけで、進むべき方向も現在地もわからなくなってしまう。吹雪やホワイトアウトはずっと続くわけではないので、ツエルトをかぶるなどして保温に努めながら、その場で視界が開けるまで待つのが定石である。
ただし、GPSを携行しているのなら、それを頼りに慎重に行動するという選択肢もありだ。たとえ視界がゼロでも、GPSのトラックバック機能を使えば正しいルートにもどることができるだろう。その際には目視による危険の察知ができないので、転滑落や雪庇の踏み抜きなどには充分に注意する必要がある。
スマートフォンの地図アプリでも同様のことは可能だが、冬山では寒さが大敵となる。スマートフォンは低温に極端に弱く、バッテリーがすぐに切れてしまうばかりか、電源さえ入らないことも珍しくない。夏山ならともかく、冬山ではほとんど使い物にならないので、ハンディGPSを持つことをおすすめしたい。
また、天気がいいときでも油断は禁物だ。山によってはバリエーションルートに取り付くクライマーやバックカントリースキーヤーのトレースが交錯していることもあり、不注意にトレースをたどっていくと、まったく違ったところへ行ってしまうことがある。雪面につけられたトレースは、必ずしも自分たちと同じ目的地へ向かっているとは限らない。地図とコンパス、GPSなどのナビゲーションツールを使い、現在地と進むべき方向を確認しながら行動するのは、無雪期でも積雪期でも変わらない登山の基本である。

ちょっとでも不安を感じたならアイゼン装着を

山の遭難事故要因のなかで常に上位にランクされるのが「転滑落」。雪山では“雪”という要素が加わることで、なおさらその危険度が高くなる。
転滑落を未然に防ぐためのテクニックは、ピッケルを使った滑落停止技術などでは決してない。 いちばん重要なのは、正しい雪上歩行技術を身につけることだ。
平地や緩斜面の登り下りでは、雪面に対して靴底全体を平らに置く“フラットフィッティング”が基本。フラットフィッティングでは対応が難しい傾斜の斜面や固く締まった雪面の場合は、キックステップに切り替える。さらに、積もった雪が凍結していたりアイスバーンになっていたりする箇所、スリップが命取りになる岩稜や急斜面など、少しでも不安を感じるようだったら、迷わずアイゼンを装着しよう。
雪山では、アイゼンワークとピッケルワークのコンビネーションによる歩行技術が、転滑落事故防止につながるので、雪山講習会に参加するなどしてしっかりマスターしておきたい。
標高の高い山にかぎらず、冬の低山でも登山道が凍結しているのはよくあること。冬の低山ハイキングにおいても、軽アイゼンは必携である。
凍結箇所がほんのわずかだったりすると、アイゼンを装着するのが面倒で、ついそのまま通過しようとしてしまいがちだが、その手間を惜しんで幅1mほどの凍結箇所を通過しようとして滑落し、命を落としてしまったという事例もある。たとえわずかな凍結箇所であっても、アイゼン装着の手間を惜しんではならない。

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