オサムの“遭難に遭う前に、そして遭ったら”|外国人登山者の遭難事故対策について考える
北海道で激増したバックカントリーでの外国人遭難者
当連載の3月号のコラムに、バックカントリーで外国人の遭難者が急増していることについて書いたが、5月7日のNHKの報道によると、昨年11月から今年の3月末までの冬山期間中に、北海道内のスキー場の管理区域外=バックカントリーで遭難した人は、過去最多の94人を数えたという。このうち8割以上にあたる76人が外国人で、先シーズンの約2.5倍となった。
この問題については地元の札幌テレビも取り上げ、「外国人から救助要請 “バックカントリー遭難”救助の一部始終 スキーパトロール隊に密着」というニュースを4月5日に放映した。番組では、取材班がキロロスノーワールドのスキーパトロール隊に密着し、管理区域外で起きた外国人の遭難事故の一部始終を克明にレポートしている。そのなかで印象的だったのが、北海道バックカントリーガイズ代表で山岳ガイドの塚原聡氏の以下の言葉だ。
「装備や山はこうですよ、という啓蒙が追い付かないくらい(外国から)人が来ている。僕らはプランを練って装備を持って天気予報を見て、登山届などバックアップをとる。彼らは何となくいいぞっていう、来る人が多いので、天気が急変すると動けないというのが事故の多さの原因」
「キロロで遭難があったじゃないですか、その次の日に会った外国人に聞いても誰も事故のことを知らない。こういった情報は日本人がシェアしているだけで、外国人は一切わかっていない。いろいろな対策以外に、まずは日本に来る外国人に対して、一元化で情報を発信できるような、英語の啓蒙や文化や注意する情報を発信できる仕組みをつくらないといけない」
外国人登山者による遭難事故も続発
塚原氏の言葉が印象に残ったのは、彼の指摘する問題点が、バックカントリーのみならず登山全般についてあてはまることではないかと思ったからだ。
警察庁が毎年発表している山岳遭難事故統計によると、2023年の遭難者は3568人で、うち訪日外国人の遭難者は145人、死者・行方不明者は11人だった。この数字は、統計をとっている2018年以降最多であった。
本稿が公開される6月中旬ごろには2024年の統計が発表されるはずだが、コロナ禍明けと円安の影響で2024年の年間訪日外客数は過去最多となる3,686万9,900人を記録していることを考えると、外国人の遭難者数も最多を更新している可能性が高い。
外国人登山者の受け入れ態勢としては、これまでに道標の多言語(英語、韓国語、中国語など)表記、日本の山岳情報を多言語で提供するウェブサイトの開設、山小屋のウェブサイトの多言語化、自治体による英語版登山ガイドブックの作成・配布などがとられてきた。しかし、対策が一部山域にかぎられていたり、情報が行き届かなかったりするなど、まだまだ課題も多い。今シーズンはバックカントリーでの外国人遭難者が目立っていたこともあり、登山シーズンを迎える春以降、外国人登山者の遭難が増えなければいいなと思っていたのだが……。
そんな矢先に起きたのが、中国籍の男性による富士山での遭難事故だった。4月22日、水ヶ塚駐車場付近から単独で入山し、富士宮ルートを登ったとみられる27歳の男性が、「アイゼンをなくして下山ができない。なんとかしてほしい」と消防に通報を入れ、山梨県の防災ヘリコプターによって救助された。男性は吐き気をもよおすなどの体調不良も訴えていたという。
その4日後の4月26日、富士宮ルート八合目付近を通りかかった登山者から警察に「人が倒れている。擦り傷があって震えている」と通報があった。この遭難者は4日前に助けられた中国籍の男性で、近くにいた登山者によって八合目まで運ばれ、その後、県警の救助隊員9人が担架で登山口まで搬送した。男性が再び富士山に入山したのは、4日前の遭難時に現場に起き忘れた携帯電話を回収するためだった。
同じ富士山の富士宮ルートでは5月17日にも中国人の大学生2人パーティ(22歳と23歳の男性)による遭難騒ぎが起きている。登山中にひとりが体調不良となり、「富士山の元祖7合目付近で動けなくなっている」とSNSに投稿したところ、これを見た第三者が警察に通報して救助隊が出動した。しかし、2人は自力で下山しており、事情を聴取した警察には「富士山には一年中登れると思った」と話したという。
また、北海道の羊蹄山では5月13日、イギリス国籍の30歳の男性と29歳の女性が、倶知安コースの九合目付近で寒さのため動けなくなり、110番通報して救助を要請した。時刻はすでに午後6時を回っていたが、道警ヘリが出動し、約1時間後に2人を救助した。2人は観光で北海道を訪れていて、男性には9年、女性には2年の登山歴があったというが、救助時の服装はいずれも軽装(男性は長袖ジャンパーとハーフパンツ、女性は半袖シャツと長ズボン)だった。現場周辺にはまだ残雪があり、男性は駆けつけてきた救助隊員に「Sorry.ゴメンサナイ」と謝っていた。
そのほか、5月20日には北アルプスの槍ヶ岳で、ドイツ国籍の51歳男性が滑落する事故も起きた。男性は妻とともに18日に上高地から入山しており、下山中に標高2900メートル付近で滑落、右足を負傷した。このため、携帯のアプリを使ってほかの外国人登山者に「滑落して右足首を負傷し、行動できない」というメッセージを送り、その登山者が宿泊している山小屋に届け出た。当時は強風のためヘリが飛べなかったため、民間救助隊員が出動し、近くの山小屋に男性を収容した。
槍ヶ岳では6月2日にも韓国籍の30歳女性が東鎌尾根で滑落し、左足の太ももを打撲するなどの軽傷を負うという事故があった。女性は韓国領事館を通じて救助を要請する一方、別に単独で入山していた韓国籍の40歳男性が、この事故のニュースを聞いて現場へ駆けつけた。ところがどういうわけか男性も身動きが取れなくなってしまい、結局2人とも長野県警のヘリによって救助されたのだった。男性にはケガはなかったという。
ちなみに警察庁の発表によると、ゴールデンウィーク中(4月26日〜5月6日)に遭難した訪日外国人は8人。少ないようにも思えるが、2023年のひとり、2024年の2人と比べるとやはりかなり増えている。
細やかな知識や技術をいかに伝えるか
このようにゴールデンウィーク前後から外国人登山者の遭難事故が目立つようになっており、梅雨明け後に登山シーズン最盛期を迎える今後が懸念される。事故を予防するには、前述したような多言語での情報発信は当然必要不可欠であるが、重要なのはどんな情報を発信するか、だ。
たとえば日本の登山におけるルールやマナー、準備から実際に山に登るまでの流れ(計画立案、必携装備の用意、登山届の提出など)、リスク対策(想定されるリスクと対処法、実際にどんな事故が起きているのか、英語などでの地図アプリの利用法、山岳保険への加入など)といった、もっと細やかな知識や技術を知ってもらうための啓蒙・教育が必要なのではないだろうか。
考えてみれば、事故を起こさずに登山を楽しむために教えることは、外国人も日本人も関係なく同一であるはずだ。しかし、言葉や文化・風習が異なる外国人に、それをいかに伝えるかというのが難しい。そこで求められるのが、山岳ガイドの塚原聡氏が言うように、「啓蒙や文化を含めた情報を一元化で発信できる仕組みをつくること」なのだと思う。
これまでにないシステムを一からつくり上げることはそう簡単ではないし、多額の予算や多くの人材も必要となろう。しかし、こうしている間にも大勢の外国人が日本にやってきて、少なからぬ人が日本の山に登ろうとしている。悠長に構えてはいられない。早急に取り組まなければならない課題である。
余談だが、閉山期間中の富士山で中国人男性が5日間に2度も遭難して助けられた案件については非難が集中し、厳罰を求める声も上がった。その後は県や国を巻き込んで、遭難救助費用の有料化を問う政治的な問題にまで拡大している。しかし、この中国人と同じような登山者は日本人のなかにもいるし、外国人による遭難事故が増えてきているとはいえ、遭難者の大半は日本人である。
外国人の遭難事故増加と救助費用の有料化はまったく別の問題であり、同列に語るべきではない。
富士山の閉山期間について多言語で解説した標識
羽根田 治(はねだ おさむ)
1961年埼玉県生まれ。那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術の記事を山岳雑誌などで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『ドキュメント 生還』『人を襲うクマ』『山岳遭難の傷痕』(以上、山と渓谷社)など著書多数。近著に『山はおそろしい 』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)、『これで死ぬ 』『ドキュメント 生還2 』(山と渓谷社)がある。