オサムの“遭難に遭う前に、そして遭ったら”|遭難事故を扱ったYouTube動画が今、ヒドいことに
YouTubeに溢れる遭難事故の解説動画
YouTubeに山岳遭難事故を題材にした動画がアップされていることを知ったのは、2年半ほど前だったと思う。当初は、「へぇ〜、遭難事故について解説する動画がつくられているんだ」と思って見てみたが、数本だけでやめてしまった。あまり惹かれなかったのは、同じようなアニメーションキャラ(あるいはイラスト)と音声読み上げソフトを使った、稚拙な類似動画ばかりに思えたからだ。
しかし、こうした動画のタイトルやサムネイルは、YouTubeのサイトを開くたびに目に飛び込んでくる。それらを見るともなく見ているうちに、「ん? まてよ」と引っ掛かるものがあった。その動画を見てみると、案の定、予期したとおりだった。動画の元ネタになっているのは、私が取材・検証して記事にした遭難事例だったのだ。
タイトルから内容を推測して動画をチェックしてみた結果、同様の動画が少なからずつくられていることがわかった。なぜ私の記事が元ネタになっていると断言できるのかというと、その遭難事故について書かれた文献が、ほかにないからだ。しかも、記事の文章がそのままナレーションとなり、構成もそっくりである。元ネタというよりは、〝パクリ(盗用)〟といったほうがいい。
もしかしてこれって著作権の侵害にあたるのでは、と思い、法務に確認してもらったところ、「ほぼ丸ごと文章が転載されているので、著作権侵害にあたると考えられる」とのこと。事実関係のみを抜き出す場合や、著作権法上の「引用」にあたる使用であれば、「参考文献」とするだけでいいらしいが、「文章表現や構成等を含めて動画に翻案(小説の映画化等、著作物を別の表現形式で新たに制作すること)するのなら、著作権者の許諾が必要」だそうだ。そして対応策として考えられるのは、「Youtubeの運営サイドに著作権侵害の旨を通報する」もしくは「動画作成者に動画削除を要請する」のいずれかとのことだった。
著作権侵害にあたるパクリ動画に削除申請
私がある遭難事故についての検証記事を書こうとしたとき、まず遭難者の連絡先を調べることから始め、連絡を入れてこちらの意図を説明し、了解が得られればお会いして話をうかがい、録音したテープをおこし、構成を考え、資料を調べながら執筆に取り掛かるという手順をとる。それを形にするまでには、少なからぬ手間暇をかけている。
その成果物の上辺だけをなぞる形で、安易なパクリ動画が次々と作成・公開されていることには、正直、腹が立った。そのほとんどの動画が、「過去の事例を知ることで、事故の再発防止につながりましたら幸いです」などと謳っていることにもカチンときた。
そんな能書は建前であって、小銭稼ぎが目的であることは誰の目にも明らかだろう。人の褌で相撲を取るとはまさにこのことで、苦労して形にしたものがパクられて他人の小銭稼ぎに利用されているかと思うと、ほんとうに情けなくなった。もし本気で遭難動画を事故防止に役立たせたいと思っているのなら、自分で一から取材・検証して形にしてみなさいと言いたくなる。
というわけで、著作権を侵害していると思われる動画について、拙著を出してくれている出版社を通してYouTubeに削除申請を行なったところ、2日ほどして該当する動画はすべて削除された。削除申請は2回行ない、削除された動画は計二十数本を数え、チャンネル自体が閉じられたものもあった。
ほかにもパクりの疑いがある動画は何本かあったのだが、それらは登山史に残るような大きな遭難事故について解説したものが多く、パクれる文献は拙著以外にもいくつかあるので、削除申請の対象とはしなかった。このような大きな事故はWikipediaで詳しく解説されているものもあり、動画によっては参考文献としてWikipediaを挙げているものもいくつか見られた。
ただし、Wikipediaの解説そのものが、拙著からのパクリであるケースも散見された(Wikipediaには引用文献として書名は記載されている)。つまり、Wikipediaをパクってつくった動画は、結果的に拙著をパクっていることになるわけで、パクりのパクりといった現象が起きている。これが連鎖すれば、もう著作権自体がどこに存在するのかもあやふやになってきてしまう。なのに削除申請した動画のなかには、「無断複製はご遠慮ください」などと断りを入れていたものあって、「どの口言う?」とキレそうになったものだった。
YouTubeで公開されている遭難動画には、私が取材・検証していない事故ももちろんたくさんある。それらにしても、なにかの文献をパクってつくられたものが少なくないと思う。ただ、文献が古かったり、雑誌に掲載された記事だったりすると、執筆者や出版社はパクられていることになかなか気づかない。著作権の侵害が表沙汰になるケースは、氷山の一角にすぎないのだろう。
扇情的なタイトルやサムネイルは名誉毀損の可能性も
この件以降も、パクリ疑惑の動画がポツポツとアップされたが、イタチごっこになるので、しばらく放っておくことにした。ある程度、数が溜まったところで、またまとめて削除申請をするつもりだった。その間に新たな遭難解説チャンネルがいくつも立ち上がり、過去に起きたさまざまな遭難事故が動画のネタとなった。また、ひとつの事故が複数のチャンネルで取り上げられることも多く、その内容はほとんど似たり寄ったりであった。
そんな折り、かつて取材を受けてくれた方から、「自分たちの遭難のことがヘンな動画になって公開されている」との連絡が入った。その動画をチェックしてみると、やはり拙著の文章をそのまま読み上げて、事故をおもしろおかしく解説しているパクリ動画だった。
彼にしてみれば、本で発表することを前提として取材を受けたのに、知らぬうちに動画になって配信されていたのだから、心外に感じるのも当然だろう。ありがたいことに彼は「我々は羽根田さんを信頼して本に名前を出しているわけですから、ほんとうに伝えたいことは本を読んでもらうしかないと思います」と言ってくれたが、パクリ動画が結果的に私の取材協力者を貶めることになったわけだから、非常に腹立たしかった。早速、この動画を含め12本の動画に対して削除申請を申し出、そのすべてが削除され、チャンネルも閉じられた。
このことがあり、イタチごっこではあるけれど、パクリ動画をどうにかしなければという思いはより強くなった。しかし、パクリ動画を見つけ出すには、疑わしい動画をひとつひとつチェックしなければならないので、けっこう時間が取られる。それでいてこちらは一文の得にもならず、かといって放っておけばユーチューバーには金がはいってくるわけだから、よけい頭にくる。
以上、私の体験に基づき、遭難動画の著作権侵害について述べてきたが、問題はそれだけではなく、最近の動画は名誉毀損の疑いも孕むようになってきている。それは、再生回数を稼ぐために、よりセンセーショナルなタイトルやサムネイルつけようとするからだ。事故の当事者や遺族が見たら、明らかに傷つき激怒するであろうタイトルを平気でつける感覚が、私には理解できない。知り合いで亡くなった方や、これまで取材した方などの事例も、動画によっては悪意に満ちたタイトルが付けられ、二次被害の様相を呈している。
さらには、遭難者の言動や事故の経緯などについての脚色がひどく、事実を捻じ曲げて伝えている動画も少なくない。しかも、これらの動画にはたいてい以下のような断り書きが付く。
「事故の関係者を冒涜する・侮辱するといった意図は一切ありません」
「事故を詳細に解説する動画ではありません。誤り、推測がある場合があります」
おいおいおい、どれだけ厚顔無恥なんだと思ってしまう。
このYouTubeの遭難動画の問題については、最近、山岳ライターの森山憲一さんがX(エックス)で問題提起の投稿をするとともに、背景にあるものを取材して「デイリー新潮」に詳細なレポートを寄稿したので、是非チェックしていただきたい。
故人を冒涜する「遭難系YouTube」が人気 登山ライターの怒りと警鐘
https://www.dailyshincho.jp/article/2024/04160601/
5000円で台本募集…無断盗用&間違いだらけの「遭難系YouTube」が乱発されるワケ
https://www.dailyshincho.jp/article/2024/04160602/
なお、私は遭難動画をすべて否定するものではない。事故をしっかり検証して事実を伝え、なおかつ遭難者や遺族らの名誉を守り、著作権も侵害せずに作成・配信するのであれば、登山者を啓蒙して事故の再発防止を図るうえで、有効な一面もたしかにあると思う。しかし、今YouTubeで配信されている遭難動画のほとんどは、登山および登山者(遭難者)を冒涜するものでしかない。
そんな動画を横行させないための、規制を含めたなんらかのルールづくりを早急に所望したい。
羽根田 治(はねだ おさむ)
1961年埼玉県生まれ。那須塩原市在住。フリーライター、長野県山岳遭難防止アドバイザー、日本山岳会会員。山岳遭難や登山技術の記事を山岳雑誌などで発表する一方、自然、沖縄、人物などをテーマに執筆活動を続ける。『ドキュメント 生還』『人を襲うクマ』『山岳遭難の傷痕』(以上、山と渓谷社)など著書多数。近著に『山はおそろしい 』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか』(平凡社新書)、『これで死ぬ 』(山と渓谷社)がある。