日本の国立公園の山の魅力|西表島

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西表石垣国立公園「西表島」
マングローブ林やサンゴ礁。亜熱帯の自然の魅力

アマゾンのジャングルを想わせるような景観が広がる(仲間川展望台より)
写真は「環境省ホームページ」より https://www.env.go.jp/park/parks/index.html

前回のこのコーナーは日本の最北、利尻礼文サロベツ国立公園の「利尻山」でしたので、今回は最南端の西表石垣国立公園をご紹介します。

まずは、私も前回の筆者、飯田邦幸さんにならって学生時代の回想から。あれは今から40年前の1979年のことでした。大学入学と同時に、本格的な登山をしてみたいと門をたたいた登山サークルで、新人歓迎合宿、八ヶ岳や北アルプスの縦走、秋山、雪上訓練と、ひととおりの経験を積んだ2年目の春、いよいよリーダーとして、夏の長期合宿の計画を練る立場となったのです。

100人ほどの会員がいましたので、計画も沢山出されます。日本アルプスの縦走はもちろんのこと、北海道や東北の山々、なかには、重いテントを詰め込んだキスリングを背に、東海道を踏破しようなどといった壮大な計画もありました。
春先から立案され始める様々なプランに、その年に入会した1年生らが参加希望の手を上げて、順次10人前後のパーティが成立していくのです。
やはり暑い夏のこと、十勝大雪の縦走や日高、知床など、北海道が人気でした。そんななか、同じパーティで日頃の山行を重ね、「夏もぜひ一緒に」なんて言っていた女子部員も、爽快さや花の大群落の誘惑に負けたのか、いちはやく北の山への参加を表明してしまったのでした。
「なんだ。それならいいよ。俺は一番暑い南のほうに行ってやる」と、半ばやけっぱちで発作的に思い立ったのが、沖縄の山でした。
けっきょく、この無鉄砲な計画に乗ってくれたのは、変わり者ばかりで、男四人のチームとなりましたが、まずは沖縄本島の地図を買い求めて下調べを開始しました。
しかし、情報を得れば得るほど、山中に生息するハブが恐ろしくなってきました。「ハブがいないのは宮古島。石垣島はサキシマハブといくぶん小型になるらしい…」などと、だんだん南へ南へと調べ進むうちに、「イリオモテ」という響きに引き寄せられたのです。
イリオモテヤマネコが新種記載されたのが1967年、沖縄返還が1972年。まだまだ、私たち訪問者にとっては、未知であることにもひかれました。
そうして西表島の山々の詳しい情報集めにとりかかりました。今のようにインターネットで検索すれば瞬時にわかる時代ではありません。「琉球大学のワンダーフォーゲル部なら入山していそうだ」、「沖縄タイムスや琉球新報など新聞社はどうだろう」と、次々と問い合わせの手紙を書きましたが、皆さんから丁寧なお返事、アドバイスをいただけました。
このように、山行計画を立てる時に、何か月も前から調べて、わくわくしながら計画を練りこんでいくという機会が、今は減ってしまったことは、便利な反面、少し残念なような気もします。

●日本最南端の国立公園

西表石垣国立公園は、日本最南端の国立公園であり、指定されたのは昭和47年(1972年)で、平成19年(2007年)には石垣島地域も編入され、面積は陸域のみでは40,653haとのことです。
環境省のホームページにも、「原生状態に近い亜熱帯性常緑広葉樹林やわが国最大規模のマングローブ林、サンゴ礁など、活力に満ちた豊かな自然環境からなる亜熱帯特有の自然景観と、このような自然環境の中での日々の暮らしで育まれてきた伝統的な沖縄らしさが息づく人文景観が特長です。」と、その多様な魅力が綴られています。
また、弧状に連なる琉球列島の最南端に位置するこの八重山地域は、新生代第三紀以降の激しい地殻変動で、大陸や日本本土と陸続きになったり離れたりを繰り返してきたこともあり、イリオモテヤマネコの祖先を含む多くの動物が大陸から渡ってきたと考えられているようです。様々な動植物(写真参照)との出会いという楽しみもふくらみます。
私たちが初めて西表の自然に接したころは、探検的な要素も多々ありましたが、今では、カヤック、ダイビング、トレッキング、アニマルウォッチングなどを通して、亜熱帯の生態系とふれあうことができるようです。


イリオモテヤマネコ

カンムリワシ

サンゴの海


サガリバナ
写真は「環境省ホームページ」より https://www.env.go.jp/park/parks/index.html

●「幻の湖」を探しに通い続ける

話は学生時代に戻ります。調査を進めるうちに、内陸部に「幻の湖」と呼ばれるものがあることも知り、さらに楽しみも増していきました。でも、その写真や場所の手がかりなどは、なにも見つけられないまま、旅立ちの日はやって来ました。
今は飛行機で一息に石垣島へ。そこから船で西表島へというのが普通ですが、私たちは旅費の節約もあり、東京湾の有明埠頭からの船を沖縄本島で乗り継ぎ、4日間もかけてやっと島に到着といった状況でした。

テントや食料でパンパンになったキスリングを背に歩き始めるも、ジリジリと照り付ける真夏の沖縄の太陽にはかなわず、すぐにフラフラ。今は禁止だと思いますが、数日、海岸でキャンプをさせてもらいながら、暑さに体が慣れるのを待ち、島を東西に流れる大河、浦内(うらうち)川に沿ってジャングルの横断へと歩みを進めていきました。

頼めば中流部の軍艦岩という所まで、小舟で送ってもらえるのですが、「すべて自分たちの足で歩き通したい」と欲を出したことが失敗でした。国土地理院の地形図には記されていた破線の道も、すっかり藪に覆われており、アダンの茂るジャングルで一歩も先へ進めなくなってしまったのです。
なんとか川岸まではい出た私たちを見つけて、たまたま近づいてきてくれた舟に拾ってもらい、やっと島の横断だけは果たせましたが、台風の接近に追われるように、山中二泊で山から脱出するのがせいいっぱいでした。
しかし、つらい経験ほど、はまってしまうものです。帰京後も頭はイリオモテ一色のまま。「幻の湖」がありそうな位置についても、浦内川の左俣(イタジキ川)上流部、島で一番高い古見岳(469.7m)の近くではないかと判ってきました。

こうして翌夏も西表島へ。メンバー勧誘にも熱が入り、「ぜひ、行ってみたい」と入会して来た1年生9人も含めて13人がそろいました。もちろん男子のみですが。
湖へのルートは沢登りとなるので、近郊の山で沢の技術もしっかり磨いて望みましたが、悔しいことに、またまた湖を直前にして時間切れとなってしまい、引き返すこととなりました。
しかし、その途上で越えたピラミッド状の大滝(マヤグスク滝、ネコの城という意味)は、すだれ状に水を落とすさまがとても美しく、感激しました。のちに「日本で一番美しい滝ではないか」などと評された文章にも接し、この滝と出会えた経験は、今でも私の心の宝物です。

●沖縄を考えるきっかけに

その後も「沖縄」とのお付き合いは続きました。帰途の船でたまたま同室となった石垣島育ちのかたとのご縁で、東京で暮らす地域の方々との親交も深まりました。祭りを見物に出かけたり、島の自然保護活動などにも関わらせてもらうことにもつながりました。
沖縄通いが続くうちに、本島南部の戦跡等を訪れる機会も増え、自然への旅は慰霊の旅へと変化していき、基地や平和への関心も高まってきました。

「自然との出会い」が、「人との出逢い」につながり、さらに、歴史や文化、政治や社会を考えるきっかけともなる。たまたま私の場合は、その契機が西表島でしたが、全国各地のさまざまな魅力を秘めた国立公園での実体験が、私たちの人生にゆとりと感動をもたらしてくれるだけでなく、さまざまな指針を与え、未来への夢を広げてくれるのだということを、実感している昨今です。


二度目の西表行の仲間たち


マヤグスクの滝との出会い

 

筑波大学生命環境科学研究科 山岳科学学位プログラム
筑波山ガマ口上保存会会員
久保田賢次

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